社会不安障害

「社会不安障害」というのは私自身ほぼ全くと言っていいほど聞いたことがなかった。「社会不安障害」とはSADと呼ばれ対人恐怖がその典型として表れるという。事実秋葉原無差別殺傷事件はこれによるものであるという声も少なくない。そういった障害が犯罪に走るなどの凶行に及ぶ影響もあり、さらにストレス社会、そして社会での人間関係による軋轢によりそういった障害が急増している。本書の第1章ではそんなSADの定義について述べている。

第2章では SADの病気の歴史について、第3章はその症状についてである。SADについてはなんと紀元前からルーツがあるが実際にこう言った言葉が出てきたのは1950年代からであるというが、日本ほどこの社会不安障害が顕著に表れている。それは日本の「恥の文化」によるものではないかという。そしてその症例というのは様々である、そもそもSAD自体の定義が広義であるためなのではないだろうか。

第4章ではそういったSADに関する批判である。ここで考えてなければいけないのが「内気な性格≠SAD」であること。とはいえど内気な人は薬を飲ませれば外交的になるといった詐欺も横行するのではないか、国を挙げてそういった詐欺に加担するのではないだろうかという批判なのだろうか。本書で言うにSADは単なる内気ではない、しかしSADや精神的な病によく効く薬ができると必ず群がる。

本当に聞くのだろうかという疑いを持たなければいけない。そうでなくても自然に直す病をわざわざ薬得なおすというようなことをやるのは日本くらいである。しかし日本ほど多忙を肯定化する民族であるのは紛れもない事実である。非常に勤勉な民族である。休むという概念が薄い。そのために薬に頼ることが多いという。

第5章では社会不安を脳と心のメカニズムで解き明かしている。これについては脳科学の範囲になるのでここの部分についてはあまりよくわからなかった。

第6章は治療の実際であるが第4章で述べたこととほぼ同じ内容になる。ここではSSRI(フルボキサミン)やセロトニンという薬を挙げているが、はたして薬で完全に治癒できるのかというとそうではない。精神状態が不安定な人でも薬は出るのだがあくまでこれはその症状を抑えるためのものであるので根本的な治療にはならない。むしろそれについての治療はカウンセリングをする方法もあるが、「認知療法」というものもある。簡単にいえばその恐怖になれてもらうといういかにも荒療治のような方法であるが、この方法は現在日本でも注目されており、近いうちにこの治療法がメジャーになるという。

社会不安障害というのは私自身初めて聞いた病名だがストレス社会といわれている今、この症状はもう他人事ではないということを肝に銘じなければならない。それについての治療法が勉強になったが、ではそれについての予防策はあるのかという提示がほしかったように思えた。