少年犯罪厳罰化私はこう考える

少年犯罪は凶悪化し、厳罰化の風潮にあるのは紛れもない事実である。私は先の「光市母子殺害事件」において少年犯罪やそれにまつわる弁護士への批判を前身のブログ(蔵前トラック、既に閉鎖)でも本ブログでも書いた。

少年犯罪については刑法のほかに少年法で定義されているがずっと前までは少年法の保護によりいくら凶悪な殺人があっても刑罰は軽かった。それによって「心にナイフを忍ばせて」のような悲劇が起こった。それに似通ったような少年による凶悪犯罪がメディアによって取り扱われ少年法改正により凶悪犯の厳罰化が進んでいった。

ではその厳罰化は少年犯罪の抑止力になるのだろうかというのは一寸考えものである。確かに被害者感情から見れば厳罰化は自然なことであるが、はたしてそれが少年犯罪の減少につながっているかといわれるとそうではない。確かに減少傾向にはあるが少年犯罪はなくなっておらず、むしろ少年犯罪の中での凶悪犯罪はメディアで取り上げるのには枚挙に暇がないほどである。

では少年犯罪をはじめ少年たちの非行やいじめが完全になくなるのかというとそれは不可能である。いじめをするや凶悪犯罪は人間の嫉妬など負の感情がたまりにたまって起こったものである。最近ではそれに対する我慢の感情の抑止力が弱まっているようにも思える。それは子供の孤独化によるしつけ等の欠如によるものではないだろうかと思うが、家族間のコミュニケーションに費やす時間は増えてきているというデータもある。

では何が原因か、抑止策はあるのかというのは今のところ調べる余地がある。学校のせいなのか、それとも家族間の変化によるものなのか、はたまたは人間の心理なのか、多くの側面から調べていったほうが原因も見つけられるのではないかというのが私の意見である。