それでも改革はやまぬ

自民党の元幹事長である武部勤氏が書いた1冊。ちなみにこの「新しい風」には正会員27人、特別会員10人によって編成されている。

さて本書はそういった「新しい風」のことについて紹介かと思ったら最初は著者自身の議員生活の反省について書かれていた。序章「そして、郵政選挙は始まった」と第1章「小泉純一郎と私」である。題名のとおり序章は2005年衆議院解散総選挙の裏側について書かれており、第1章は今年の衆議院解散総選挙で政界引退が決まった小泉純一郎氏との出会いについて書かれている。

ここで書かれた背景は私の思っていたよりも最近で小泉氏が首相に指名される1年ほど前のことから書かれていた。そのときは「加藤の乱」とも言われる党内抗争があったが、武部氏はその森降ろしに加担していたが、小泉氏は留任するよう求めた一人であった。しかし小泉氏が首相になるときに武部氏が農水相の使命を打診したときは武部氏自身衝撃を受けたという。武部氏は指名されるとは思ってもいなかったからである。

さて武部氏が農水相の時はBSE問題が盛んであった。特に野党などからは隠蔽体質だといって非難を浴び、しまいには辞任しろということも広がった。しかしそれをとどまらせたのも小泉氏であったという。この一言はみごとであった。

「やめたければ、いつでも辞めさせてやる。しかし、問題を解決するのが君の責任の取り方というものだろう。問題を解決したら、すぐにでも辞めさせてやる。」(p.71より)

責任の取り方の本質を確実に突いている。最近では中山国交相の失言問題で辞めろという声もあったが(本日辞任を表明した)、落とし前をつけずに野党の非難を受けて即やめることこそ私自身無責任であると思う。

何らかの事件は起こることはしょうがないが、未然の予防とそして起こった時に責任をもって解決させるということがなくては大臣というのはやっていけないと私は思う。結局BSE問題の解決や農業にまつわる改革を全うして辞任した。

そして最後には「北海のヒグマ」という異名で恐れられていた中川昭一財務相の父親中川一郎氏の言葉として、

「寒門に硬骨あり、温室に大木無し」(p.93より)

がある。厳しい時を乗り越えてこそ初めて本物にある。実際国会議員はこういった寒門を乗り越えた議員は少ないのではないのだろうかと思っている。武部氏はまさに前者を経験した1人に入るだろう。

第2章「国民の叫びを耳にして」であるが、ここでは民主党批判についてが目についた。本書では「民主党は「小沢路線」を捨てられるか」であるが実際かなわなかったといってもいいかもしれない。もしも代表選で対立候補が建てられればこの後の衆議院解散総選挙でも有利に進められたのではないだろうか。

第3章については「新しい風」のことについて議論したものが書かれている。それに関しての政策は非常に面白いのであるがこの新しい風が麻生首相下で実現できるのかというのも見物である。さらに国民に対してはたして納得できるのかということさえも感じた。

これから衆議院解散・総選挙に向けて動き出す。その中でどのようなマニフェストを出すのだろうか。民主党はすでにできているが自民党などの政党はどのような政策を出していくのだろうか。