反米主義

来年1月にオバマ大統領が誕生するが、その準備として数々のポストが埋まった。予備選挙の時のラインナップでは「親日派」が多かったのに対し、今ではヒラリーなどの「親中派」が目立つようになった。おそらく日米同盟下で日本の立場はブッシュ政権ではまだしもこれからのオバマ政権下では非常に厳しい状況に立たされることだろう。

それはさておきアメリカニズムと呼ばれる押しつけ型の民主主義は暴走が続き、国際連合の大義を破ってまでブッシュ政権下のアメリカではイラク戦争を始めた。間もなくイラク戦争での終結宣言を出し、民主主義を定着させようとしたが、ここからテロとの戦いという泥沼化に遭い現在でも続いているほどである。またこのイラク戦争前後には反米デモが盛んにおこなわれており、公の場でもアメリカの暴走を痛烈に批判した人もいる(国連のアナン事務総長(当時)もその一人である)。本書はこのイラク戦争を中心とした反米意識について迫っている。

第一章「反米主義をつかまえる」
イラク戦争にまつわる反米主義のみならず、今年は韓国で牛肉輸入衝動による「反米感情」が噴出した。イラク戦争によることのアメリカのイメージは低下しており、各国がアメリカ中心主義(独裁主義?)と喩えられることが多くなった。しかしサブプライムローン問題等による経済の失墜、新興国の経済成長を考えるとアメリカが経済大国としての牙城が崩れつつあるのは事実である。経済のことが出てくるとアメリカの資本主義にも目を向けなくてはいけない。アメリカは大量消費主義でるが、その象徴になっているのが「ウォルマート」というスーパーマーケットチェーンである。2000年代に日本にも進出したが消費文化の違いにより撤退を余儀なくされた。しかし日本では浸透しなかったものの世界中で展開されている。そういうことを考えると軍事的な支配のみならず、経済的・文化的な侵攻というのもまたアメリカニズムの一つである。

第二章「アメリカニゼーションの恐怖」
日本は明治時代から海外からの文化を積極的に取り入れられてきた。第二次世界大戦後は押しつけによりアメリカ文化を入れられたと言ってもいいが、戦前もアメリカから文化を取り入れていた。特にジャズや車はそれに代表するもので文化を取り入れるという寛容性は日本は強かった(今もそうだが)。戦争になる直前からそういったことに規制がかかるようになった(ジャズのレコードは押収され、野球用語も日本語読みになった)。文化というと2005年に「文化表現の多様性の擁護と推進条約」と宇井のが採択されたがフランスやカナダがリーダーとなってアメリカニズムによる文化の崩壊を防止するために採択されたという。それほどアメリカ主導による「グローバル化」の危険があったことだろう。そして日本は外国からの文化を取り入れてきたが、日本古来の文化というのを忘れがちになることを危惧しなければならない。

第三章「屈折した心理――日本の場合」
日本は大東亜戦争の時は「鬼畜米英を駆逐しろ」ということで反米主義が大多数であった。しかし終戦後アメリカに擦り寄る(媚びる)論調が多くなった。最近でもアメリカの景気後退なのにもかかわらず「日米同盟があるから」という理由でアメリカに追随する人が多い。東京大空襲で約10万人、広島・長崎への原爆で約20万人もの民を殺されたにもかかわらずである。今では人種差別に関しての撤廃が進んでいるが、それを先に行ったのは国際連盟時代に日本が提唱した。しかしアメリカなどの列強の強硬な反対により頓挫してしまった。人種差別を解決するのは自国としては分が悪いと思ったのだろう。その怨恨が原爆の標的をドイツに向けず、日本だけ対象にした。

最初にも言ったとおりオバマ政権誕生による日米関係は気になるが、日米関係よりも自国の文化や主張というのを譲歩せずに主張することでの対等にやっていくことが大切であるが、どうも親米というより媚米というような感情が論客や政治家に蔓延している。言論の自由(表現の自由)が憲法上担保されているのにもかかわらず暗に言論統制をかける世の中は何と皮肉なことだろうか。