国境・誰がこの線を引いたのか―日本とユーラシア

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国境・誰がこの線を引いたのか―日本とユーラシア (北海道大学スラブ研究センタースラブ・ユーラシア叢書) 国境・誰がこの線を引いたのか―日本とユーラシア (北海道大学スラブ研究センタースラブ・ユーラシア叢書)
岩下 明裕

北海道大学出版会  2006-06
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本書はユーラシア大陸における国境線について考察している。当ブログでは「竹島」「尖閣諸島」「北方領土」についてじっくりと書いていこうと思っている。
第一章「日本の外で「国有の領土」論は説得力を持つのか」
竹島や尖閣諸島問題では分からないが北方領土問題では「日本固有の領土」としきりに主張している。この章はこの「日本固有の領土」についてドイツの国境の変遷を例に出して指摘している。最後の余談の部分がこの章の本題となってしまったものの例えば日本が平和のために北方領土なり竹島なり、尖閣諸島を放棄するという発言があったとしたならば大きな論争になるが、主要メディアはまず取り上げないだろう。すでに国内事情が隣国の機嫌を窺っているようにしか思えないからである。これから上記の3つの領土問題は引き合いに出される時がいつか来るだろう。ただここで国民は考え直す必要がある。当然政府は領土問題について国民に問うべき義務がある。何を言いたいのか、「国民投票」によって領土問題について問うてみたらどうかということである。次の衆院選でもそういうことを引き合いに出すこともまた、政治というものではないだろうか。
第二章「国境と民族」
第三章「旧ソ連中央アジアの国境」
第四章「カシミールと印パ・中印国境問題」
ここでは中央アジア・東南アジアの領土問題について書かれている。1989年にソ連が崩壊し、いかにしてウクライナなどの領土・国境ができたのか、そして私自身も知らなかったことだが中国は尖閣諸島を主張しているだけではなくインドとの国境問題も主張している。当然中国が無断で「中・パ国境クンジュラブ峠」をつくったというのは有名な話である。こう考えると尖閣諸島問題と何か似ている気がする。中国にまつわる国境問題の詳細については第六章に書かれている。
第五章「竹島問題と日本の課題」
さて、竹島問題である。竹島(韓国では「独島」という)は日本の島根県と韓国の間にある小さな島であり、いま日本と韓国とで主張が対立している島である。過去にこの竹島問題についてオランダのハーグの国際裁判所に提訴しようと日本は3度主張したものの、韓国側に退けられている。この領土問題について国際裁判にかければ合理的、早急に解決することができるが、これについては当事国すべての了承が必要である。また日本も日本で過去に3回主張したのは1950年代のことであり、それから50年以上もそういった裁判で決着をつけようと主張していないのも嘆かわしい事実である。なぜ竹島問題が生まれたのかというのは、北方領土問題や尖閣諸島問題と同じであるが敗戦後に起こった問題である。1952年に李承晩ラインの主張が発端となった。それまではというとずっと日本領であった。しかし韓国は歴史を引き合いに出して批判をする。しかし歴史的検証をすれば日本領だということは分かるが、それでも政治的に解決しようとする意気込みが政府や外務省は感じられず、むしろ先送りばかりしているところが韓国になめられている何よりの証拠ではないだろうか。余談であるが、もし竹島問題を解決しても今度は対馬にすりかえることを考えると、主張や政治的に「侵略」しているとしか思えないのが今の韓国・中国だろう。
第六章「中国と日本・ASEAN間の国境問題」
中国は尖閣諸島や前述の中印国境問題をはじめ様々な領土問題を持っているが、ここでは尖閣諸島・魚釣島にまつわる問題が中心であった。それ以外では中国・ベトナム間の領海問題について取り上げている程度である。尖閣諸島に関してはいまでは非常に大きな問題となっていたが実はこれが表面化したのはごく最近のことであり、尖閣諸島周辺から天然ガスが出ることが明らかになってからの話である。そうなると簡単にわかるだろう。資源の取り合いとなる。領土の歴史というのはそっちのけで領土、もしくは資源のほしさにしきりに主張することは目に見えているのである。
第七章「中ロ国境問題はいかに解決されたのか」
過去50年以上絶えまなく領土問題とはという時に出てきたのは竹島問題のほかに北方領土問題がある。1945年の敗戦後もソ連は日本に侵攻し、北方領土まで言ったが、アメリカ軍が北海道まで駐留したことにより北海道はソ連の侵攻から何とか難を逃れたという形になる。それから50年代には国連加盟に向けて尽力してきたがそれと同時にソ連と北方領土交渉が行われていた。当時の外相の重光葵であったが、結局当時の首相である鳩山一郎にバトンタッチされ領土問題は棚上げにしたままソ連との国交回復となった。それから50年以上平行線をたどったままであるが、本章では中ロ国境問題がいかに解決したところも挙げていかなくてはいけない。中ロも当然国境問題があったのだが現在ではほぼ解決に至っている。結局は「妥協」したということで収束してしまうものであるが、では日本は全部が全部妥協すべきなのかというと、ある程度までは妥協すべきだろう。しかし主張すべきところは主張すると言った交渉力がほとんど持っていない以上、このまま妥協するのは非常に危険な話である。現在では二島返還が最有力とされてきているが、現在のネドベージェフ政権ではもしかしたら可能かもしれないが、それをやってしまうとロシアの国民から「売国奴」と言われてしまう。北方領土問題に限らず領土問題において他国に領土を返すというのは国にとっても屈辱的なことである。しかし日本はどうなのか、野党らはそういった領土問題について主張することはほとんどない。それ以上に隣国との協調という名の「媚びへつらい」をしきりに主張し、行っているに過ぎない。それでは日本人としての誇りが失われるどころか、ついには領土を次々と奪われる結果に陥ってしまいかねない。それについては国民の関心と思いがなければ難しいだろう。

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