Googleが消える日―情報学序説


Googleが消える日―情報学序説 Googleが消える日―情報学序説
小山 雄二

カナリア書房  2008-04
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今やもっとも有名な広告媒体、もしくは検索エンジンとなった「Google」だが、これがなくなるというのだがら本書のタイトルはにわかに信じがたいものであるが、不況により営業およびマーケティング部門を中心に約200人削減を行った。急成長を遂げたGoogleでさえも不況の波には勝てなかったようだ。
さて本書はというとGoogleを中心とした個人情報などの情報学についての序説を考察している、という所から考えると本書のタイトルは「見かけ倒し」という印象が拭えない。出版社が付けたのかもしれないが明らかにインパクト勝負の感じがしてならない。もしも私が本書にタイトルをつけるとしたならば「情報学としてのGoogle」というのが最適だろうと思う。
第一章「グーグル的社会とは何か」
インターネットが民間解放され、ウィンドウズ95発売され、空前のパソコンブームとなり、今日ではなくてはならないものとなっていった。特にインターネットはわずか10数年余りで生活や仕事にこれほど深くかかわると予見した人はどれくらいいたのだろうか。
インターネットが出てきて、ホームページが急激に増え今や1億サイト以上存在するようになった。事実上の「情報社会」である。情報が洪水のように押し寄せるものの、そこに「Yahoo!」や「Google」などの検索エンジンの役割は大きい。しかしその情報社会に「無料化」という歪みができている。それだけではなく、個人情報や著作権について暗い影を落としている。個人情報については第二章で取り上げられている。
第二章「個人情報とは何か?」
個人情報保護法(正式には、「個人情報の保護に関する法律」)」が全面的に施行されたのは2005年4月1日、今年で5年目となる節目である。今こそ改めて問いたいのがこの「個人情報」である。個人情報と言っても氏名や生年月日と言ったところまではわかる。しかしその個人情報をどのように保護をするのか、そしてどういった狙いで活用するのかというのははっきりと明記されているとはいえ個人情報を保護する範囲というのがまだまだあいまいなところが多い。とりわけ地域の催しものや署名と言ったもので「個人情報保護」なのでできなくなるということもこれからあるのかもしれない。そうなってしまうと法律と本来ある生活とのギャップというのも浮き彫りになる。法律は完璧にはならないが、ある程度の線引きはあったほうがいいのではと考える。
第三章「アップルがつぶれない秘密(わけ)」
マイクロソフトの創業者であるビル・ゲイツは昨年引退したが、アップルスティーブ・ジョブズはまだまだ現役のトップとしている。しかし、今年の1月に病気によりCEOを休職しており、これから後継者問題などの所にも着手しはじめることだろう。とはいえ1970年代後半から一時期はマイクロソフトの陰に隠れる時はあったが、飛ぶ鳥落とす勢いはいまだに衰えていない。アップルとして最初にセンセーショナルを巻き起こしたのは家庭用PCである。ウィンドウズが出る前の時はアップルが圧倒した。しかし90年代ウィンドウズが出始めてから圧倒される立場であったのだが、その時から「Mac派」「Win派」で二分され現在に至っている。しかしアップルも黙ってはいない。今度は「iPod」や「iPhone」などをつくりまたもや盛り返し始めた。片方は引退したとはいえど、まだまだアップルVsマイクロソフトの戦いは続いている。
第四章「通信と放送が融合する本当の意味」
通信と放送というのは融合されるべきではあるが現実問題として放送業界の既得権益のこともあってか、あたかも水と油のような様相となっている。しかしNHKは広告の既得権益がないためNOD(NHK on demand)を立ち上げインターネットによる「見逃し番組サービス」という過去放送の提供を行うようになった。通信と放送はある意味で融合しはじめたのかと思ったのだが、通信と放送という役割が混ぜこぜになるのではないかというのが著者の意見としてある。例えば放送では、「地デジ」と呼ばれるもので視聴者参加で投票を行ったり、クイズに参加したりすることが可能になる。こういう面でも双方向とも言える。一方で通信というと携帯電話やインターネットというのもニュースを見たりTVを見ることができるため放送の特徴である一方向という役割を担っている。
第五章「グーグル的社会の限界とは?」
わずか数ページしか書かれていなかった。本来このタイトルであればこれをもっとページ数を割くべきではないかと考える。それにグーグル的と言っても「匿名性」と「ウィキペディア」しか論じておらず、本書のタイトルの割に落胆してしまう最大の要因がここであると推測できる。
第六章「知の品格を求めて」
これから「ナレッジ・マネジメント」というのが必須になってくる時代であろう。どのようなマネジメントであるべきかというのが気にかかるのだが、情報発信や受信と言ったことはそれほど多く書かれておらず、多くはGoogleとYahoo!のことばかりのように思えてならない。
結論を言うと情報学を学んでいる人にとってはお勧めできず、そうでない人にとってもちんぷんかんぷんで終わるような1冊である。「期待外れ」や「見かけ倒し」というのはこのことだろう。タイトルと内容の一貫性が見られず、傍論ばかりが目につく1冊であった。

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