使える!ギリシャ神話

ギリシャ神話はこれまで1冊しか取り上げておらずどのような神がいるのかというのはゼウスやヘラというようなギリシャについてあまり知らなくても名前だけであればわかるというようなところまでしか知らなかった。ギリシャ神話は宗教を超えて幾千年もの年月を経て語り継がれており、日本神話やローマ神話と双璧をなす、というよりも超えるほどの神話である。

本書のタイトルのようにこの神話がビジネスに使えるというのだから驚きかもしれないが、旧約聖書や新約聖書、はたまたは日本神話といった古典からビジネスのヒントが見つかるということを考えるとなんら不思議ではない。ではギリシャ神話がビジネスの世界においてどのようにして役に立つのかというのを見てみよう。

第1章「「願望の絞り込み」ができる人が成功する」
ギリシャ神話には人間におけるすべての「失敗」がすべて登場するという。「すべての失敗」と言ってもビジネスにおける失敗なのか、人生における失敗なのか、聖書にある人間としての「原罪」なのだろうかというのがはっきりしない。ただし、本書はビジネスにおけるギリシャ神話であるので前者と言うべきなのだろう。
願望の絞り込みの代表として「ミダス」を例に出している。
ミダスはフリギア(現在のトルコ)の王であっただけではなく、触ったものすべてが黄金になる力を持っていることとして知られている。
ミダスはその黄金にかえる力という願望を絞り込んで化なったという所から本章で紹介されている。

第2章「人生の結び目を作ると踏ん張りがきく」
次は「ゴルディウス」である。ゴルディウスはミダスと同じようにフリギア王を名乗っていた。初代がゴルディアスでそれをミダスが受け継いだとされている。
本章では非常に有名な「ゴルディアスの結び目」というのが紹介されている。

第3章「社長のスケール感覚をあなたは持っているか?」
こちらはまさに失敗学と言うべき存在である。本章では「パエトン」を例に出している。
パエトンは友人から「太陽神の子」ではないといわれ、自らを「太陽神の子」であると証明するために「太陽の戦車」を操縦した。しかしそうじゅうに失敗し、ゼウスの怒りを買い雷に打たれ悲劇のうちに亡くなった。

第4章「権力者という神々に刃向かうときの心得」
ここではアラクネについて取り上げられている。当時の権力者はというとアテナ(知恵、芸術、工芸、戦略を司る女神であり、オリュンポス十二神の一柱である)となっている。
アラクネは機織りの達人でありその実力はアテナをも凌ぐほどだと豪語するほどであった。それについてアテナは怒りを覚えるも彼女の実力を認めていた。
しかしアラクネはゼウスの不実さを織り込んだタペストリーを作ったことにより、己の愚行を覚え自害。トリカブトの汁を撒いて蜘蛛に転生した。このことが蜘蛛の誕生の源となった。
刃向かいたいことは誰しもあるが、決してアラクネのように陰湿なことはするなということだろう。

第5章「モテる力が、人間関係の開かずの扉を開ける」
ここではヘルメスのことについて書かれている。
ヘルメスと言うとゼウスの息子であり、旅人、泥棒、商業、羊飼いの守護神である。
ヘルメスとモテる力とどう関係があるのかというと、「アポロンの牛」や「アルゴス殺し」と言った密命における窮地からの脱出方法について紹介している。本章ではその中から「アポロンの牛」が取り上げられている。

第6章「あえて矢面に立つ経験が、自分を進化させる」
プロメテウスと取り上げている。
プロメテウスについては「ギリシア神話入門―プロメテウスとオイディプスの謎を解く」の書評で取り上げたので省略。
プロメテウスがゼウスの怒りを買うのを知ってて、人間に火を与えたという侠気について、矢面に立つ経験とすり合わせている。

第7章「悲劇を甘んじて受ける力が評価を上げる」
オイディプスのところである。オイディプスも前章で取り上げた本の書評において取り上げられているので省略。
自らの罪悪と悲劇を受け、目を潰し悲惨な人生を歩んだまま死んだとされている。

第8章「「祝祭感」のある人は、人気者になる」
「祝祭」と言うと「ディオニソス」しかないだろう。ディオニソスは豊穣とブドウ酒と酩酊の神であり、ローマ神話における「バッカス」と同一視している。
吹奏楽でもこの神を題材にした「ディオニソスの祭(F.シュミット作曲)」というのがある。

第9章「人を育てる妙薬は「期待し続ける力」にあり」
「期待し続ける力」としてピグマリオンが取り上げられている。
現実の女性に失望し、自ら理想の女性の彫刻し、それを愛し続けたキプロスの王であった。ずっと理想の女性の像が生命を吹き込んでくれればと思い続け、やがて衰弱していった。
それを見かねたアフロディーデという女神がその像に生命を吹き込んだという話を指している。

第10章「交渉を有利に進める究極の「政治力」を身につけよ」
「交渉」というのにヘラを取り上げていいのだろうかといういささかの疑いがある。ヘラはご承知の通りゼウスの正妻であり、ゼウスの浮気に対して鋭い嗅覚を誇り、その上嫉妬心も強く愛人やその子供に凄惨な復習をするという残酷な女神として知られる。「政治力」や「交渉」と言うと暴力の手を使わずに行われるものであるため、ヘラはそれとは程遠いとされているが、前述の「浮気に対する嗅覚」を「危機察知能力」と捉えるなど、政治力について置き換えているところが著者の巧みなところかもしれない。

第11章「「自画自賛力」をつければ人生が好転する」
ここではナルキッソスについて取り上げられている。
ナルキッソスはギリシャ神話の中でのとびきりの美少年と知られている。「ナルシスト」という言葉の語源になるほど自画自賛の強かった。
しかしその自画自賛は自らそうさせたのではなく、アフロディーデの贈り物を侮辱した罪により、他人を愛せなくさせ、自分しか愛することのできないようにさせた。そしてナルキッソスは水の中に映る自分しか愛せなくなり痩せ細って死んだ。
本章は「自画自賛」を肯定的に扱っているようだが、自分の罪からそうなったということだけは付け加えておかなくてはならない(無論本章でも取り上げられているが、あえてここは強調する)。

第12章「自分の「ベスト12の仕事」を書き出してみよう」
ここでは「ヘラクレス」について書かれている。
ヘラクレスは生まれる前からヘラの憎しみを買い、生まれたときから虐待と思わせるほどのことを行った。それを償おうとしエウリュステウスに仕え「12の功業」などを果たしたとされている。
あえて苦難の道に行くという意味合いの「ヘラクレスの選択」はここから来ている。

第13章「「好奇心を封印する技」が現代に生きてくる」
ここでは2人の女性が登場する。「パンドラ」と「プシュケ」である。
パンドラは「パンドラの箱」のエピソードからきているのでここでは割愛するが、「プシュケ」については少し取り上げようと思う。
プシュケはある国の王女であり、その美貌はアフロディーデをも凌ぐほどであったという。それを憎んでかアフロディーデは様々な仕打ちを行った。中でも自らの美貌を補うために冥府の女王ペルセポネに美を分けてもらうようにプシュケに命じた。その中でペルセポネから箱を受け取ったが絶対開けるなと言われた。好奇心から開けてしまったが、その中身は「美」ではなく「死」という名の冥府の眠りであった。それを見かねたエロースは眠りを箱に集めゼウスに頼み、ようやく和解したという話である。簡単にいえば「パンドラの箱」と同じく「見るな」というタブーを犯すなということを言っている。

第14章「集団を動かしたい人に、必要な力」
最後に相応しくゼウスを取り上げている。ゼウスは絶対神と知られる一方で浮気癖の激しい好色男であった(それによりヘラの怒りを買うこともたびたびあった)。
簡単に言うと絶対神としての威厳のある一方でこういった好色にふけるといった一面、もっと言うと意外な一面というのがあった方がいいというのが本章の意見であろう。

様々な神について紹介したのであるが、本書はビジネスにおける力をギリシャ神話の神々に学ぶかということが狙いとしているが、文章にしても、紹介にしても、ギリシャ神話に関する入門書という側面でも役に立つ。ビジネス書というよりもギリシャ神話に興味を持ち始めた人にはお勧めの一冊と言えよう。