ひと月百冊読み、三百枚書く私の方法

私は月に約50~70冊読み、書評も書く。特に書評は初期のころは400字詰め原稿用紙1枚前後で済ませるということがほとんどであったが、だんだんと書いていくうちに「あれも書きたい」「これも書きたい」という欲望が広がり始め、今となっては1冊につき平均で原稿用紙4枚分、多い時には8枚にまで上る。

しかし最近では書きすぎというよりも書きたいけれども、書く時間と書くスピードをどのようにしていけばいいのかというのが悩みの種であり、勝間氏が推奨するキーボードを親指シフトにしたらいいというものがあるが、なれるまでに時間を要するばかりではなく、職業柄、ローマ字入力でないといけないというのがある(日本語のみならず、プログラム言語も入力しなければならないため)。そのため親指シフトに変えるのはしばらくの時間を要するというのが自分の考えにはある。

さて本書の話に移る。本書は文芸評論家で数多くのオピニオン誌にコラムを寄稿しているだけではなく、多作としても知られる福田和也氏がひと月100冊読み、原稿用紙300枚書いているということを暴露し、自らの方法を公開している。自分にできる・できないという以前にまず文芸評論のみならず書評でも尊敬している福田氏がどのような方法で多くの作品を生み出しているのか見てみる。

第Ⅰ部「どう読むか」
第1章「本の効率的な読み方」
「効率的」な本の読み方と言うと、何かと「~多読術」や「~読書法」というようなビジネス書が書店の店頭に並んでいる。ビジネス読書ではもうおなじみとなった「目的を持って読むこと」がある。これについて私は否定しない。学術やビジネスにまつわるものであれば、である。
本章で最もお勧めなのは「本の選び方」である。書評を参考にすることでも様々な専門の書評に頼るという形をとった方がいいというのはなかなかである。というのはその専門に特化したのであれば、その中でいい本なのか、どういった本なのかというのが一目でわかるからである。

第2章「「抜書き」は多様なメリット」
福田和也氏が読書をする最大の特徴は「抜き書き」である。抜き書きは一見非効率のように思えるのだが、実はこういったメリットと言うのもある。
一見「レバレッジメモ」と言うように思えるのだが、実は分からない表現を読むにあたって、どうして作者はこんな文章を書いたのだろうかを知るために、この抜き書きを行っているのだという。
私も大学の叢書など難しい本はよく読む(好んで読む?)のだが抜き書きまではしておらず、辞書やインターネットで調べながら読むことが多い。

第3章「本以外の情報の集め方」
今度は本以外におけるツールをどのように使う、情報をどのようにして集めたらいいのかという所である。
主に新聞や雑誌、インターネットを利用するが、その時に何を書くか、そのために必要な材料と言うのは何なのかというのを著者の方法のみならず、京大教授の中西輝政氏も参考に引き出している。

第Ⅱ部「どう書くか」
第4章「情報整理から表現へ」
第Ⅰ部はインプット編であったが今度は「アウトプット編」である。
自ら得た情報は「情報」のまま書かずに自分なりの考え方や表現をして書くということ、さらに会話のなかでどのようにして織り交ぜるということについても紹介している。

第5章「文章上達の「近道」とは」
著者は書評や社会に関係する著書ばかりではなく、文章術や対話術に至るまで上梓している。文章術と言うと技術と言ったものが偏重されるように思えるのだが、認識であったり、組み立て方と言ったものが多い。「組み立て方」と言うとどのような文章を書けばいいのかという所になるのだが、最近勝間和代氏が出した「まねる力」の如く「まねる」というのも必要であるという。
また文章を書くにあたって「スランプ」や「途中で筆が止まる」というようなことを防ぐ、最小限に抑えるためにどのようなことを行えばいいのかということについても紹介している。
文章を書くことが非常に多い私にとっては死活問題であっただけにこの章が最も多く取り上げられており、かつ具体的に書かれていたことが最もありがたい。

第6章「より幅広く書くために」
幅広く書きたいという願望は文章を書く人であれば思ったことがあるだろう。私もその一人である。本章をざっと俯瞰してみたら簡単に言うと「趣味を持とう」という答えに至る。趣味と言ってもいろいろあるが、本章では「音楽鑑賞」「旅」「出版」「骨董」を取り上げている。特に私は音楽鑑賞(クラシックや吹奏楽)を趣味に挙げているが、これがなかなか奥が深い。同じ作曲家で同じ曲でも演奏する楽団や指揮者によって違うため、その人がどのような表現をするのかという違いを愉しむことができる。他にもロックやジャズと言ったものもいろいろと聞くので音楽を上げると枚挙に暇がないほどになる。

読書や文章はただ単に本を読む・文章を書くばかりではなく、それ以外のところにも着目した方がいいのかもしれない。