ジプシー 歴史・社会・文化

皆様は「ジプシー」という民族はどのようなものを想像するか。ある辞書で調べてみると、

ジプシー(英: gypsy、西: gitano、仏: gitan)は、一般にはヨーロッパで生活している移動型民族を指す。転じて、様々な地域や団体を渡り歩く者を比喩する言葉ともなっている。元々は、「エジプトからやって来た人」という意味の「エジプシャン」の頭音が消失した単語である。有名な辞書より)

元々はエジプトから語源は来ているが、大概は移動をするヨーロッパ人のことを指しているが、物乞いや盗人など偏見を持たれる配慮から蔑称とされることがある。それを緩和するために「ロマ」と呼ばれることもある。この「ロマ」は北インドのことを指しており、大概「ロマ」と言われると東ヨーロッパ(ハンガリーやルーマニア)の人たちに多く使われている。本書は「ジプシー」、またの名を「ロマ」民族の歴史、そして世界中にいる「ジプシー」について紹介した一冊である。

第一章「ジプシーと呼ばれる人びと」
「ジプシー」に関する作品や芸術は枚挙にいとまがなく、歌劇でもビゼーの「カルメン」が有名である(元々小説からつくられたものである)。私は吹奏楽なのでヴァン・デル・ローストの「プスタ」という曲の方が馴染み深い。演奏をしたことはないが、中学の時には何度も聞いたことがある。

「ジプシー」の音楽の特徴として挙げられるのがリズムや強弱がたびたび変わる所にある。この曲は1楽章がそれが如実に表れている。他にもブラームスの「ハンガリー舞曲」もある(むしろこっちの方が有名かも)。
音楽の話はこれまでにしておいて、最初にも書いてあるとおりジプシーは「ロマ」とも置き換えられることもあれば、「ツィゴイナー」「トラヴェラー」と用いられることがある。「トラヴェラー」と呼ばれる位であること、「ロマ」と呼ばれることを鑑みると、「旅をする」「流浪」という言葉が妙にあう。
しかし現実では「ジプシー」の扱いは、日本でも差別用語扱い、ヨーロッパでも15世紀以降には差別の対象とされていた(現在は形式的に差別はなくなっているが、実際はどうなのかは定かではない)。

第二章「ジプシー像の変遷」
「ジプシー」と呼ばれる人々が誕生したのは15世紀鋸とである。元々はエジプトから来た民族を総称したといわれているが、これには諸説があり、18世紀にインドから来たという「インド起源説」というのも存在する。

第三章「歴史――主流社会のはざまで」
ここでは少し角度を変えて、「ジプシー」がなぜ蔑称として扱われたり、差別用語なのかを歴史的な観点から見てみる。
当時のヨーロッパやインドでは、今の日本と比べ物にならないほどの貧富の格差は大きかった。貧困ということなので、稼ぐためということから「流浪の民」となったこともある。しかし元々「エジプト人」はヨーロッパにとって「ならず者」「浮浪者」の代名詞とされていた。その流れからヨーロッパでは迫害の的とされ、日本でも差別用語とされた所以ともいわれる。

第四章「ジプシーの現在――いくつかの事例」
現在でも「ジプシー」は存在しており、特に東ヨーロッパを中心に本章では事例を上げている。現在ではEUとして一つの共同体を構築し、その中で人種差別撤廃といったものも挙げられているが、歴史では人種差別を行った国でも、ジプシーについてどのような扱いを行うのかというのを国単位で政策がすすめられているが、社会的に差別や誹謗中傷になっていないかということについてはまだ分からないところが多い。

第五章「日本とジプシー」
本章から見て「ジプシー」と「日本」の関連性は一見なさそうに思えるが、明治時代の文明開化により、西洋文化を大いにとりいれられた時、初めて「ジプシー」と言う言葉が使われた。しかし日本でも「ジプシー」は存在しており、「サンカ」というのを挙げている。「サンカ」は江戸時代末期から使われたと言われているが、いつ発生したかは諸説あり、定かではない。

ジプシーは過去に迫害や人種差別、奴隷といった扱いをされてきた。それはヨーロッパにおけるエジプトへの偏見から、そうさせてしまった。改めて「ジプシー」の文化、民族性というのを認識しようというのだが、日本ではTV局などを中心に「差別用語」の括りの一つに挙げられている。偏見を脱し、民族の良さを認識する日は来るのだろうかと考えてしまう一冊であった。