泥棒と犬

文学作品のなかでも最高位の一つとして挙げられるところに「ノーベル文学賞」が挙げられる。日本人では川端康成と大江健三郎の2人が受賞している。他にも「候補者」のリストに挙げられた人物は三島由紀夫、井上靖、井伏鱒二、遠藤周作、村上春樹がいる。

本書の著者のナギーブ・マフフーズは1988年にノーベル文学賞を受賞した。アラブ人として初めての受賞である。しかしマフフーズの作品は「反イスラム」の位置付けとして挙げられており、発売禁止になることもしばしばあったが、ノーベル文学賞受賞した時以降はそれらの批判は受けないようになった。

本書はその作者が1961年に発表した作品である。主人公のザイードは革命指導者のひとりである。フィクション作品であるが、当時のエジプトではナセル政権の強権政治であり、不信と恐怖が入り混じっていた。外交に関してもスエズ運河の国有化をめぐり第二次中東戦争が勃発した。

富裕層を憎み、強権政治の世の中を変えたい一心で奔走したザイードであるが、ある日盗みを露見され逮捕される、「泥棒」というレッテルを張られたまま、満期出所した後も実らせようとした恋も雲散霧消に消えてしまい、救いの手にも背を向けてしまった。絶望の中でもひねくれたザイードが汚濁に満ちた町の中で何を思い、何を見つけたのかについて描かれている。

本書を読んだ直接の感想は宗教の概念にとらわれず、汚濁の中で「自分なり」に生き抜く姿を見たような気がした。汚濁の環境の中で身も心も荒みきったザイードが何を思ったのだろうかは難しい。しかし当時のエジプトを変えたいという思いが強く、かつ恋が実り家庭の持てる生活がしたかったのかもしれない。