とっても不幸な幸運

「不幸」と「幸運」は言葉で言うと正反対を意味している。これは辞書を調べなくてもわかることだが、それらは心がけ一つでどうにでもなる、言わば「紙一重」であろう。

本書の舞台は「酒場」である。ちょうど先週の金曜日に会社の同期と飲み会をやり、深夜2時までずっと飲んでいた。そのときにワールドカップのブラジル対オランダ戦をみたり、仕事やプライベートの話をした。
私は仕事仲間と飲みに行くことはほとんどなかったのでとてもいい刺激となった。

酒場と言うと場所によるが、様々な人間模様をみることができる。特に「酒」を通じてざっくばらんに会話をする、その中でいろいろなものをさらけ出すことができることをお考えると、同じく人間模様をみることができるファーストフード店や喫茶店に比べると「酒」の面で趣が異なるのではないかと思う。

本書はタイトルである「とっても不幸な幸運」という名の缶を開いたことから物語は始まる。「缶」というのもなかなか面白いのだが、名前をみてみると「パンドラの箱」を連想してしまう。「パンドラの箱」は文字通り、ギリシャ神話で人間であるパンドラが開けてはならない箱を開けたことにより、「恨み」などの「災厄」が飛び出したという話である。パンドラは慌ててその箱を閉じたものの時すでに遅しだった。しかし様々な「災厄」のなかでも希望を見いだすことができたという話である。

ちなみにこの缶を開いたときに死んだ母親がでてきたり、開けた人に関連して様々な人が見えるという話である。ある種ホラー話の用に思えるのだが、むしろホラーには思えず、人間模様というような趣が強かった。人情というよりも一癖二癖ありながらも素朴で温和で、かつドタバタもあり、そして何より読者にも考えさせられるような「謎」もある、読んでいくうちにその謎をいろいろと考えさせられてしまう一冊である。