ジャズに生きた女たち

アメリカで生まれたジャズであるが、ジャズの世界は「男社会」と呼ばれても仕方のないほど男性が活躍している世界である。

しかしその中でも女性も少数ながら女性は活躍しており、男性の中で大輪の花を咲かせる活躍を見せた。本書はジャズの世界で活躍した女性を8人取り上げている。

第1章「サッチモにジャズを教えた女性」
彼女はジャズの世界では草分け的存在出会った「ルイ・アームストロング」の妻である。彼女もジャズシンガーであり、1920年代にジャズを通じてルイ・アームストロングと知り合った。後に夫婦になってもジャズへの情熱は冷めやまず夫婦の中はジャズの色に染まっていた。そしてアームストロングがなくなったわずか1ヶ月後、後を追うようにこの世を去った。

第2章「ブルーズの女帝」
ジャズの中でも叙情的なところで輝きを放つ「ブルース」というジャンルがある。それを大きくしたのはベッシー・スミスである。「ブルースの女帝」という異名を自他共に呼ばれていた。

第3章「ビッグバンドからビ・バップの温床へ」
歌やサックス、コントラバス、トロンボーン、トランペット、そしてピアノとジャズで使う楽器が様々である。その中でもピアノは独特のリズムを操り「ジャズ」という世界に引き込ませてくれる。ピアノを駆使してビッグバンド、スウィング、そしてビ・バップと渡り歩いた女性、メアリー・ルー・ウィリアムスについて取り上げている。

第4章「レディ・ディの足跡」
第5章「奇妙な果実の嘘」
ジャズに生きた女性の中でもっともかけてはならない人物、彼女の名はビリー・ホリデイである。その中でも名曲として上げられるのが「奇妙な果実」、私もこれを聞いたことがあるのだが、どことなく寂しい印象があるのだが、その中で喜怒哀楽が出ているような感じだった。

第6章「ファースト・レディ・オブ・ソング」
ジャズシンガーの中でも、豊かさと喜びをもっとも表現した女性はエラ・ツイッツジェラルドである。オーケストラをバックにジャズを歌うと言うスタイルを取り入れたのも彼女が始まりである。

第7章「ビ・バップを擁護した男爵夫人」
ビ・バップが栄えたのは1940年代、ちょうど第二時世界大戦のまっただ中だった。その中心にいたのがチャーリー・パーカーであるが、1955年に急死した。戦後間もない頃はアメリカでは人種差別が問題に上げられる前であり、それどころかチャーリー・パーカーの死を誹謗中傷のごとくあげつらった新聞もあったのだという。
その屈辱から救い、そしてチャーリー・パーカーらビ・バップで活躍をたたえ、支え続けた人物を取り上げている。

第8章「ジョン・コルトレーンの遺志をついで」
ジョン・コルトレーンもジャズの世界では代表的な人物である。その妻であるアリス・コルトレーンについてを本章で取り上げている。

第9章「“日本人のジャズ”の自覚と追求」
日本でジャズが聞けるようになったのは1920年代のことである。そのときは「大正ロマン」と同じくして、日本における「ロマン」の文化と呼ばれた時代であった。アメリカやイギリスの歌も出てきたのもこの時代であるが、アメリカやイギリスとの中が嫌悪になったとき、軍部による取り締まりもあり聞くことができなかった。やがて戦争が終わると再びジャズなどの音楽が隆盛し始めた。
本章では日本における「ジャズ」を形成づけた女性、穐吉敏子を取り上げている。グラミー賞に14回もノミネートされ、1999年には日本人として初めて「ジャズの殿堂」入りも果たした。

ジャズの世界の中で生きた女性たちを取り上げた一冊であるが、その中で聞いたことのない人物や作品もあった。今度は是非、本書で取り上げた曲も聴いてみようと思う。