マネジメント信仰が会社を滅ぼす

マネジメント信仰が会社を滅ぼす (新潮新書) マネジメント信仰が会社を滅ぼす (新潮新書)
深田 和範

新潮社  2010-12
売り上げランキング : 164330

Amazonで詳しく見る by G-Tools

「マネジメント」
これは以前からあったのだが、「もしドラ(もし高校野球の女子マネージャーがドラッガーの「マネジメント」をを読んだら)」という本がミリオンセラーとなってから様々な「実践法」などが紹介されるなど話題沸騰となった。
しかし、著者は「マネジメント」の概念は否定していないが、安易に「マネジメント信仰」に陥っていることに警鐘を鳴らしている。それは「マネジメント」に限らず、安易に良例に頼ろうとする私たちに対しての警告でもある。

第1章「症状① 意見はあっても意志はなし」
ある種「評論家」と呼ばれるような様相を見ているかのようである。
いわゆる「消去法」で物事を考え、そのことによって「リスク」を避けたがるのだという。

第2章「症状② 都合のよいことばかり考える」
これはビジネス書を読んでいる私たちへの「自戒」というべき所である。
ビジネス書には「こうすればうまくいく」という本が多い。その価値を知るために私たちは日々実践を続ける。しかし使い方を一歩間違えると「盲信」に陥ってしまい、肝心なことになりかねない。
そのほかにも理想論を振りかざす人もこれに当たる。

第3章「症状③ 管理はするけど無責任」
しっかりしたいのか、形だけ見せたいのかわからないのがこれにあたる。むしろ形づくろうというのが多いかもしれない。
本章ではそういった厳しい管理を行いながらも、結局は新しいチャレンジを阻害してしまっているのでは、と著者は危機感を覚えている。

第4章「顧客よりも組織を重視する」
「社内派閥」や「仲良しグループ」と呼ばれるものが、いるのだという。本章ではそのような組織のあり方について糾弾している。

第5章「日本企業の危機的状況」
日本企業における「マネジメント信仰」は危機的な状況にあるのだという。しかし釘を指しておきたいのだが「マネジメント」はそれぞれの企業によって「正しく」使えていれば、よい方向に向かうことは間違いない。
但し、それはそれらの「マネジメントを自らおかれている環境を鑑みながら正しく使う」という大前提がつく。本書で紹介されている事例はまず、自分たちのおかれている状況を鑑みない、もしくは誤った解釈によって陥っている、もしくはそれが「絶対だ」と感じて「過剰な」マネジメントをしていることによって、「マネジメント」を「目の敵」にしたり、うつに陥ったりする人も多いという。

第6章「経験と勘と度胸を重視せよ」
では、マネジメントに代わるものは何なのか。
シンプルに言うと「経験」と「勘」と「度胸」にあるのだという。本章ではそれらによって成功をした事例を紹介している。

第7章「他人を変えるより自分が変われ」
「変われよ!」と他人から言われて変わった例があったとしても、それはごく少数であろう。自らが変わらない限り相手に対する見方や自分の考え方も変わっていかないからである。

ビジネスは常に何らかの形で「変化」を遂げていく。「現状維持」では衰退の一途をたどってしまう。「マネジメント」も確かに良いのだが、「ビジネス」なくして「マネジメント」は成り立たない。これを肝に銘じなくてはならない。

スポンサーリンク

シェアする

フォローする

スポンサーリンク