ジャーナリズムが亡びる日―ネットの猛威にさらされるメディア

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ジャーナリズムが亡びる日―ネットの猛威にさらされるメディア ジャーナリズムが亡びる日―ネットの猛威にさらされるメディア
猪熊 建夫

花伝社  2011-01
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新聞・テレビ・雑誌などの既存メディアに関する「~離れ」が蔓延っている。事実新聞や雑誌の売上部数も右肩下がりであるという。ジャーナリズムというよりも既存メディアによる「ジャーナリズム」が衰退の一途を辿っていると言っても過言ではない。
その要因の一つとしてインターネットの隆盛によるものがある。そのインターネットが新たなジャーナリズムを誕生し、隆盛させるかと思いきやインターネットにはコンテンツなど作る能力が無いため、結局の所ジャーナリズムは衰退し、しまいには亡びるのだという。
本書はそのメカニズムと既存メディアの衰退についてを追っている。

第Ⅰ章「広告はインターネットになびく」
最近ではGoogleやソーシャルネットワーク(SNS)の広告が急速に勢力を伸ばし、従来の新聞やTV広告が減少の一途を辿っている。ネット広告の隆盛と既存広告の衰退については以前にも何度も書いたため、ここでは割愛する。

第Ⅱ章「「テレビ離れ」が始まっている」
本書が出版されたのは2011年初頭であるため、アナログ放送の延期についても論じられている。すでに約束通りアナログ放送は終了してしまったが(東北など一部の地域では2012年3月31日で終了する)、デジタル放送によって参観部やビル陰などTVを視聴できない地域もある。地上波デジタルによって特をするのはたいがい周波数を管轄する総務省あたりであろう。
それはさておき、地上波デジタルに完全移行してもTV視聴の減少は止まらない。欲しい情報の多様化、専門化もその衰退の一端を担っているといっても過言ではない。

第Ⅲ章「「紙離れ」は止まらない」
「新聞」や「雑誌」などの「紙離れ」も著しい。最近では次章でも述べられる「電子書籍」などが増加しており、紙の書籍も減少の「紙離れ」の例外に漏れていない。
「電子書籍」についてはITジャーナリストの佐々木俊尚氏の「電子書籍の衝撃」に詳しく紹介されている。

第Ⅳ章「「紙」か「電子化」か、それが問題だ」
しかし新聞などの既存媒体も黙ってはいない。先陣を切って電子化を実行したのが産経新聞である。もっとも産経新聞はアプリを介して無料で新聞を閲覧できるようになった。当初はあまり読まれなかったがiPadが誕生し始めたころから急速に読まれるようになった。iPadの画面の大きさが産経新聞の電子媒体との相性が良いからなのかもしれない。
それに追随してある既存メディアも電子化を行ったが、それをも月額単位で有料化している。しかもその金額は紙の新聞の月刊購読料とほとんど変わらないのだという。

第Ⅴ章「ジャーナリズムは誰が担うのか」
ネットはジャーナリズムを担えるのか、という質問だが、私の中では担える部分はある。その代表格としてUstreamやニコニコ動画の生放送など既存メディアではできない「ダダ漏れ」やタブーが少ないことによって既存メディア以上の強さを見いだす人も増えているように思える。しかし、本章でも取り上げられているが一昨年の秋に起こった元保安官による尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件の流出は大きな話題を呼んだものの、当の保安官は書類送検となってしまった。
これはあくまで一例だが、ネットが既存メディアを駆逐するような減少は今に始まったことではない。これからも起こるであろう。
ただし、既存メディアも1940年頃から確立されてから、一度も崩壊されるような煽りを受けること無く続いてきた訳であるため、一筋縄では行かない。

メディアの将来はどのように変化をするのだろうか。ネットがさらなる隆盛を極めたとき、メディアは変化することは確実であるが、それが良い意味でなのか、それとも亡びることを含めて悪い意味なのか、それは注視する必要がある。

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