まなざしの地獄

人は誰しも回数、規模の違いはあれど「まなざし」を受けることはあるだろう。その「まなざし」が自分を高揚させるものになる一方で、それが重荷となる事も有り得る。

本書はその後者に当たる意味でのジレンマをルポルタージュ形式にて綴っている他、「望郷の歌」も収録されている。

<まなざしの地獄>
この論文は1973年に「展望」という雑誌に掲載されたもので、現代とあわない内容も一部はあるものの、全体的に現在に通ずるものが多い。しかしこの論文が出て29年の時を経ているのにも関わらず、現在でも通ずるものが多いというのが不思議で仕様がない。当時は「終身雇用」があたりまえであり、転職もネガティブなイメージしかなかったという固定観念が崩壊するようなデータも存在していたため、日本の雇用の歴史をいったんすべて洗い出す必要があるのではないか、と思った。
本論文にてモデルとなったのが、新卒の社会人であるが、始めて就職したときのまなざしがいかにしてモデルの心情に影響を及ぼしているのかを綴っているが、これはモデルだけに限らず、新卒の社会人にも通ずるところが多い。そのことを考えると、29年経った今でも本書のタイトルにある「地獄」は変わっていないという事も考えられる。
それらを鑑みると29年前の作品であるが、今でも通じるため、読む価値は非常に高い。

<新しい望郷の歌>
本論文は1965年に雑誌「日本」にて掲載された小論であり、大正時代末期に「一家心中」が流行したという物騒な背景を綴っている。現在では一家心中にまつわる事件はあまり聞いたことがない。強いていえば8~9年前に起こった、「ネット心中」というのがあったくらいである。ネットの掲示板で自殺志願者が集まり、ともに練炭などで自殺をはかるというものである。

大正時代、戦後間もない頃の現状について綴った2つの論文であるが、それでも現在に通じるところが多いようにおもえてならない。哲学者のへーゲルは「人間は歴史から何も学ばないということを、歴史から学んだ。」という名言のあるとおり、それらの時代における事実を学ぶことが現代において役立つことが多い。