生きぞこない …… エリートビジネスマンの「どん底」からの脱出記

著者の北嶋氏より献本御礼。
「死にぞこない」という言葉はよく聞く。しかし「生きぞこない」という言葉は初めて聞く。
それはさておき、かつて第一線にたったエリートマンがいつの間にか凋落し、最底辺の淵をさまようことも最近では少なくない。北嶋一郎氏もその一人であるが、まさに「どん底」という人生を這いつくばりながら今日も生きている。そう、歯を食いしばるほど必死な形相で。

破綻や自殺未遂など人生における「絶望」を感じ、それを今も触れ続けながら見出す「希望」、そして「生きる」ことの尊さ、本書の表紙には左向きに俯きながらひたむきに前へ進む姿がある。

「自分と同じ轍を踏んで欲しくない」

著者は本書で自らをさらけ出すことによりそれを訴えている。

第一章「目標は国際派ビジネスマン」
著者が社会人になったときはちょうど「バブル景気」と呼ばれる時代であった。会社としても「売り手市場」と呼ばれた時代である。
著者もまた外資系大手の企業に就職したのだが、その社会人になる前の著者は高度経済成長とカルチャー・ショック、そしてジャパン・バッシングを肌身に受けた学校生活であった。

第二章「会社員としての「戦略」」
話を社会人の時代に戻す。外資系大手IT会社に就職したが、配属されたところは並のスタミナではついていけないようなところであった。ITの成長が始まりかけていただけにIT企業の需要も高まる予兆もあった。
やがて、会社員としてのバロメーターである「昇進」や「昇給」や「売上貢献」をすべく、社内の上司という上司を観察しながら、技を盗みつつ、近づいてきにいってもらえるような戦略を立て、実行するということを繰り返した。
しかし会社の流れはなかなか読めないほど、なにが起こるかわからない。とりわけ外国に本社を置く「外資系企業」であればなおさらである。

第三章「再就職という名の迷路」
その「なにが起こるかわからない」現象、すなわち「予想外」と呼ばれるものは、会社そのものを揺るがすほど、見に置かれている環境が劇的に変化をすることさえある。そう「前触れもなく」である。
就職した会社から買収元の会社に移ることとなったが、そこから転職生活が始まった。外資系会社の怖さを知り、日本企業の閉塞感を知り、学校の頃とはまた違った「カルチャー・ショック」に襲われ、長続きしなかった。

第四章「破綻」
転職生活が続くなか、リーマン・ショックが起こり、雇用市場は突然厳しくなってしまった。管理職の経験もあり、かつ短期間で転職を経験している著者にとってはさらに狭きもんとなってしまった。
転職浪人が続く中、失業保険が切れ、完全に彼女の収入頼りの「ヒモ」状態となった。その中で物欲の激しさの反動からか貯金が尽きるどころか、借金も膨れ上がっていった。
就職先が決まらない中、様々なアルバイトに就いた。しかし会社員時代のクセやプライドが足枷となり長くは続かなかった。それどころか「うつ」まで発症してしまった。
そして自殺未遂・・・。
一命を取り留めた著者はやがて自己破産を申請した。

第五章「絶望の果てに」
自殺未遂から生き永らえ、「死に体」「生ける屍」と呼ばれるような状態になりながらも、入院先で一筋の光のようなものを見つけた。そして自己破産をした後で仲間内の飲み会が開催された。そしてそこで著者自身の価値観を大きく変えさせた。それと同時に仕事において、そして人生において大切なことを教わったのかもしれない。

人生をあたかもジェットコースターの如く駆け抜けていった。まだ人生まっただ中であるが、人生において、そして仕事において大切なことを学び、俯きながらも確実に前へ進んでいる。そう底辺の淵から高くそびえ立つ山に挑むように、長い長い山道を登りながら。

最後に献本の際、著者から私に送られた便箋にて「ビジネスと人文、どちらに響くのか、楽しみにしています」と書かれていたが、ビジネスとして大切なことは書かれていたが、人生にも通ずるものがほとんどであったので「「人文」に響きました」と答える。