エジプト革命―アラブ世界変動の行方

アフリカ北部にあるエジプトにて大規模なデモが起こり、長きにわたり独裁政治を続けてきたムバラク政権が崩壊した。それがエジプトを越え、リビア、バーレーンなどのアフリカ、中東諸国に波及し、世界的にも話題となった。私の趣味の話になってしまうが、その影響により2011年シーズンの第1戦になるはずだったバーレーンGPも中止となった。

俗に「アラブの春」と呼ばれる現象だが、本書はその中東を中心に大規模な革命の起爆剤となった「エジプト革命」の顛末についてを綴るとともに、アラブ圏のこれからを映し出している。

第一章「革命の系譜」
2011年1月25日
エジプトの首都カイロのタハリール広場で大規模デモが起こった。そのデモは日に日に拡大の一途をたどり、最初にも書いたようにエジプトを越えて各国に波及していった。
その革命よりも前に起こったアフリカや中東での「革命」についてを綴っているが、最も古い革命として記されている1968年はまさに「革命」と呼ばれた年ともいえる。イランで起こった学生運動もあるが、さらに有名なものとしてチェコスロバキアで起こった「プラハの春」、日本でも「60年安保反対運動」や「大学紛争」などが起こった。

第二章「革命の背景」
そもそもその革命はどうして起こったのだろうか。
1981年から長らく続いたサダト政権への不満、さらにはそのときから続いた「非常事態宣言」への不満が募り、さらに2003年の労働法の改定により若者の待遇が悪くなった。その前後にもデモやストライキも起こったが、2011年ほどではなかった。
そうなると2011年の初頭に大規模なデモが起こったきっかけ。それはそれらの憤懣と「Facebook」のコミュニティ成長が起爆剤となった。

第三章「革命の行方」
現在ではニュースにて放映されていないものの、この大規模デモが国を越えて波及し、エジプトやリビアなどで政権が崩壊し、暫定政権が誕生したのは周知の通りであり、連日連夜、ニュースで取り上げてきたが、3.11の大震災により日本で取り上げられる頻度も下がったが、「中東の火薬庫」と呼ばれたイスラエル・パレスチナなどでもエジプトの革命とは行かなくても対立が深まるような出来事も起こっている。

「エジプト革命」は私たちにとってなにを考えさせられたのか、不満のはけ口ではなく、むしろ声を大にすることなのだろうか、失われつつある「コミュニティ」の重要性なのだろうか、「絆」なのだろうか、それは人それぞれなのかもしれない。しかし答えはなくても、前述のような「疑問」を投げかけ、それを通じて私たちは考える必要がある、というメッセージを本書で伝えているのかもしれない。