シリーズ「『貞観政要』を読む」~1.はじめに~

中国大陸の古典作品には「論語」や「孟子」「老子」「韓非子」などが挙げられます。とりわけ「論語」はビジネス書としても数多く挙げられており、もはやビジネス古典のスタンダードとして挙げられることが多いです。著名な経営者の多くは「論語」を中心とした経営理論を構築させている方も少なくありません。

では、今回から取り上げる「貞観政要(じょうがんせいよう)」はどうでしょうか。

その名前自体知る人は少なく、中国大陸の古典として挙げる本も少ないと言えます。amazonでそれを検索してもそういった解説本はごくわずかと言えるでしょう。

しかし、この「貞観政要」こそ、リーダーシップや参謀などビジネス、ひいては政治などで重要な要素が詰まっています。

1.なぜ、貞観政要を取り上げたのか?

昨今の日本は「リーダー不在」と言われています。政治の世界においても、企業など経済の世界においても、形の「リーダー」は存在します。では彼らはリーダーシップをもっているのか、という疑いは拭えません。むしろ現在のリーダーで「リーダーシップ」を持っている人は少ないような印象もあります。

それを打破すべく、数少ない「リーダーシップ」を持ったリーダーの書いた「リーダー本」など巷にあふれています。「古典」からの「リーダー論」の古典からリーダーはどうあるべきかの本質を知ることを目的として「帝王学」の本のひとつとして今日評価されている「貞観政要」を取り上げました。

2.「貞観政要」成立までの経緯
「貞観政要」は、唐代に呉兢(ごぎょう:唐代の歴史家)が編纂したとされる太宗(唐の第2代皇帝)の言行録を全10巻40篇からなるものです。ちなみに「貞観」と「政要」とそれぞれに意味があり、

・「貞観」・・・太宗の在位の年号(決して日本の年号ではありません)
・「政要」・・・政治の要諦(物事の最も大切なところ)

太宗とそれを補佐した臣下たち(魏徴・房玄齢・杜如晦・王珪ら重臣45名)との政治問答を通して、貞観の治という非常に平和でよく治まった時代をもたらした治世の要諦が語られており、そのやりとりが詰まっております。

太宗が傑出していたのは、その臣下の直言(諫言)を喜んで受け入れ、常に最善の君主であらねばならないと努力したところにあります。これまでの中国大陸は、皇帝に忠告し、政治の得失について意見を述べる諫官(かんかん)という職務がありましたが、それを聞き入れた皇帝は極めて少なく、皇帝の怒りに触れて左遷されたり、殺されるということも多かった言われています。それ故、臣下の中には諫官になる事を嫌がる、もしくはそれを辞退する臣下もいたほどです。

本書が編纂された時期は太宗の死後40から50年ぐらい、中宗が即位し、唐朝が再興した頃でした。呉兢は以前から歴史の編纂に携わっており、太宗の治績に詳しいことから貞観の盛政を政道の手本として欲しいとの願いから、『貞観政要』を編纂して中宗に上進したと言われております。その後、玄宗の世の宰相・韓休(かんきゅう、672年 – 739年)がかつて中宗に上進したその書を高く評価し、後世の手本となるように呉兢に命じて改編して上進させた。以後、『貞観政要』が世に広まったのです。

3.帝王学としての「貞観政要」
この「貞観政要」は歴代の将軍や天皇によって親しまれていました。挙げてみると、

・北条政子(鎌倉幕府初代将軍 源頼朝の妻)
・足利尊氏(室町幕府初代将軍)
・徳川家康(江戸幕府初代将軍)
・明治天皇
・大正天皇

と枚挙に暇がありません。とりわけ徳川家康はこの「貞観政要」を愛読し、それを実践し続けたことによって260年以上も「江戸幕府」を続ける礎を築き上げたといっても過言ではありません。鎌倉幕府を「執権」という立場で維持し続けただけではなく、明治・大正天皇をはじめ歴代の天皇も関心を寄せました。

4.貞観政要の構成

今日からこの貞観政要を読み解くわけですが、この貞観政要の構成について見てみましょう。

序文「上貞観政要表、貞観政要序」
巻一「君道第一、政体第二」
巻二「任賢第三、求諫第四、納諫第吾、(直諫)」
巻三「君臣鑒戒第六、択官第七、論封建第八」
巻四「論太子諸王定分第九、論尊師傅第十、教戒太子諸王第十一、規諫太子第十二」
巻五「論仁義第十三、論忠義第十四、論孝友第十五、論公平第十六、論誠信第十七」
巻六「論倹約第十八、論謙譲第十九、論仁惻第二十、慎所好第二十一、慎言語第二十二、杜讒佞第二十三、論悔過第二十四、論奢縦第二十五、論貪鄙第二十六」
巻七「崇儒学第二十七、論文史第二十八、論礼学第二十九」
巻八「務農第三十、論刑法第三十一、論赦令第三十二、論貢献第三十三、(禁末作)、(弁興亡第三十四)」
巻九「議征伐第三十四(三十五)、議安辺第三十五(三十六)」
巻十「論行幸第三十六(三十七)、論畋猟第三十七(三十八)、(災瑞第三十九)、論祥瑞第三十八、論災異第三十九、論慎終第四十」

「第一」「第二」…とありますが、こちらは「篇」のことを表しております。括弧書きでズレが起こっている様に見えますが、以下の2種類があります。括弧書きは②で編纂されたものを表します。

①中宗が唐の再興を願い、呉兢が編纂し、中宗に上奏したもの
②最初に編纂したものを高く評価した第9代皇帝の玄宗が呉兢に改編させて世に送り出したもの

長々となりましたが、貞観政要の概要でした。
では、明日以降は「巻一」から順番に見ていきましょう(毎日更新できるか怪しいですが…)。

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<参考文献>

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<引用サイト(白文すべて)>

維基文庫、自由的圖書館より「貞観政要」

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