シリア~アサド政権の40年史

3月31日にも書いたのだが、シリア騒乱は終わる気配が見えていない。むしろ激化の一途をたどっており、国際問題にまで発展している状況にある。
本書はシリアの歴史・社会・現状について元シリア大使として4年間いた経験を駆使して、シリアの現状、そしてアサド政権の現在・過去・未来について分析している。

第一章「吹き荒れた春の嵐」
「春の嵐」というと4月2日夕方~3日あたりまで全国的に起こった嵐のことを指していない。
そもそも「春」というのは2011年1月から起こった「アラブの春」のことを指しており、まさに嵐のごとく吹き荒れ、かつ中東諸国や北アフリカへと広がっていった。シリアも2011年3月に反体制デモが始まった。

第二章「中東の活断層」
「中東の活断層」と呼ばれたのは「シリア騒乱」が起こったとき、という印象が強いのだが、騒乱が起こる以前からそう名付けられていた。
その理由として多様な「民族」や「宗教」「宗派」が集まっており、そのことによってあたかも活断層のように緊張状態が続き、いつ対立によるテロや内部紛争が起こってもおかしくない、という状況を指している。

第三章「シリアをめぐる国際状況」
「シリア騒乱」が泥沼化し、国連などの国際的期間、あるいは各国の政府からも非難声明や経済制裁も行っている国々が出てきている。
そのシリアを巡って国連では非難・制裁決議をかけようとしたのだが、中国・ロシアが拒否権を発動し、否決に追い込まれた。そこにはシリアに対する外交というよりも、「シリアに対する米国の外交姿勢」に対して批判的だったという背景にあった。

第四章「ハーフェズ・アサド大統領の30年」
現大統領の父である「ハーフェズ・アサド」が政権を獲得したのは1969年。政権対立により起こったクーデターにより政権を奪取し、すべての実験を握った(ちなみに大統領になったのは1971年)。この独裁により現在も続く一党独裁、及び軍事政権が樹立された。シリアは近代化をはかる一方で、反対勢力の抑制も行っていた。
長期政権を続けていくうちにハーフェズは体調悪化が浮き彫りとなり、後継者問題も起こった。第一候補だった長男は事故により夭折し、次男が後を継ぐことになったのだが、政治手腕を疑問視する人は内外問わず存在した。

第五章「バシャール・アサド大統領の10年」
ハーフェズの死により、いざこざはあったものの次男のバシャールが就任した。2000年の話である。
就任してからはシリア騒乱だけではなく、「イラク戦争」にも関わった。

「アサド政権」という名だけであればハーフェズ・バシャール親子を併せて40年以上経つ。「アサド政権」は事実上の一党独裁・軍事政権で、そのことでシリアの近代化を押し進めることに成功した。しかしその独裁政権によって歪みは生じているが、その「歪み」はシリアに限らず、「アラブの春」を機に大規模デモが起こった国々とほぼ同じといえる。民主化の大きなうねりは今も続いており、シリアが本当の意味で「変わる」のはいつの日になるのか定かではない。