カネと文学~日本近代文学の経済史

私の周りには様々な「作家」がいる。ある人は「あまり儲からない」、またある人は「儲かるツール」として扱われている。ただ、共通しているのは、「名刺」として広く自分の名前や考えを知らせるツールとして「出版」がある。

その「出版」を通じて、自分の作品や主張を広める人のことを「文士」を呼び、そしてその文士たちが集う世界のことを「文壇」と呼ばれるが、かつて「文士」や「文壇」と呼ばれるところは「貧乏」の代名詞だった。しかし「ある時期」を境に変貌を遂げていった。

本書はその「文士」や「文壇」が儲かるようになってきたきっかけと、出版メカニズム、さらには社会的地位の獲得などを成し得た仕組みについて迫っている。

第一章「大正八年、文壇の黄金時代のはじまり」
文壇や文士の経済が潤い始めたのは大正八年(1919年)頃からである。その要因には総合雑誌(現在で言うコラム・オピニオン誌)が次々と創刊され、そのコンテンツの質を高めるために原稿料が急騰したことから始まる。
その総合雑誌にはジャーナリストや評論家が記すニュース、小説家などの作家が描く小説も激しい掲載「競争」によって経済は潤い始めた。
そう、すべては「競争」によって変化を始めたのである。

第二章「文学では食べられない!」
とはいえ、文士たちと報酬は極めて縁遠い関係にあったという。高名な文学作品を出した作家もそれについては例外ではなく、島崎藤村が「破戒」という作品を出版したときも、親族の援助を頼り「自費出版」をしたほどである。

第三章「黄金時代の作家たち」
大正八年を境に文壇の「黄金時代」が到来した。その中心人物として島田清次郎と有馬武郎を本章で取り上げられている。前者は「地上」シリーズで一世を風靡し、後者は「反逆者」を始め数多くの著作を生み出している。この両者を取り上げたのは、両者とも共通して言える黄金時代の「光」と「影」の両方を体験したからである。

第四章「円本ブームの光と影」
「円本」という言葉を始めて聞いた人もいるかもしれないので、ここで解説をしておく。
「円本」は簡単に言うと、販売価格が「1円」以上の本を指す。円本が誕生した当初は円より下の「銭」で売られている本が多かった。
円本ブームになったのは、文壇の黄金時代に入った大正八年の頃からである。その円本とともに、読者も急増し、作家の財政も一気に潤ったという。ちょうどその頃は好景気にあったのだが、やがて景気は減退すると、黄金時代は去り、また「文士は貧乏の代名詞」という時代が戻ってきた。

第五章「文学で食うために」
毎年春と秋に「芥川賞」と「直木賞」が挙げられる。作家にとってはこの賞によって箔がつくのだが、その賞が制定されたのは昭和10年の時である。文藝春秋主催だったが、主体的に動いたのが作家の菊池寛である。新聞社を招いて大々的に公表したのだが、当初メディアの認知度は低かった。ただ、それらの賞が継続していくうちに、様々な作家、あるいは文学が認知されるようになった。そしてその認知によって作家は食べていけるようになった。

第六章「黄金時代、ふたたび」
戦後以降、経済成長が目覚ましくなっていくにつれて、文学も大衆化し、作家の中にはサラリーマン以上の収入を持つことができるようになった。文壇も活発になり、作品を生み出すだけでも食べていくことができた。黄金時代は経済と比例しているように、バブルが崩壊し、「失われた10年」がやって来ると、だんだん食べていけなくなってきた。

今までの出版ビジネスは大きな変化をしなければいけない岐路にたたされている。芥川賞や直木賞を受賞しても、仕事と兼業しながら作家活動を行っている作家も少なくない。もはや出版そのものが「儲からない」というメッセージを暗に送っているのかもしれないが、電子書籍の隆盛と同時に新たな出版ビジネスの構築が求められ、作家も同様の「変化」が必要なのかもしれない。