韓国とキリスト教

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韓国をはじめとした朝鮮半島では、古来中国大陸から伝えられた儒教や仏教と言った宗教が浸透してきていたのだが、戦後南北朝鮮がそれぞれ、北朝鮮・韓国に独立してから韓国では「キリスト教」の信仰者が急増し、2005年には4人に1人が信仰している。有名どころで言うと李明博前大統領、金大中元大統領など歴代大統領のうち数人がキリスト教を信仰している。
なぜ韓国にはキリスト教の信仰が多くなったのか、そしてキリスト教の信仰が広がった事による社会的な影響はどこにあるのだろうか、本書では韓国とキリスト教の関係性について考察を行っている。

第一章「キリスト教会の存在感」
韓国におけるキリスト教の象徴として「ヨイド純福音教会」が挙げられる。その凶器はプロテスタントの宗派としては世界最大の教会であり、単一教会として所属する信者の数も世界一であるためである。
では韓国においてキリスト教の宗派が多いのは、と聞かれるとプロテスタントの方がカトリックよりも多い統計があるが、歴然とは言えず、むしろカトリックもプロテスタントも共存している、と言う味方が良いと言える。

第二章「キリスト教の伝藩と朝鮮西学(歴史・上)」
韓国におけるキリスト教布教の歴史は、中国大陸における「唐」の時代にまで遡る。そこでは「ネストリウス派」と呼ばれる宗派が「景教(けいきょう)」という呼び名で広がり始めた。当時の韓国、もとい朝鮮半島は「後三国時代」と呼ばれており、「高句麗」「新羅」「百済」の三国に分かれていた時代であった。いずれの国も中国王朝との朝貢が盛んに行われており、朝鮮半島にも景教が伝藩されたのが始まりである。
しかしこれはあくまで中国大陸を含めての説であるため、実際に確認されているのはそれよりもはるか後にある文禄・慶長の役の時代である。

第三章「近代化とプロテスタント(歴史・下)」
前章に続いてキリスト教の歴史であるが、ここでは「プロテスタント」が韓国に伝来し、広がりを見せたのかにフォーカスを当てている。
「韓国」という一括りではなく、朝鮮半島の歴史からして李氏朝鮮後期にまで遡る。その時代は「欧米列強」と呼ばれる国々がアジア各国を次々と植民地化して行った時代と重なる。中国大陸でも英国に対し「アヘン戦争」が起こった。朝鮮半島でもその時代から西洋のプロテスタント宣教者が続々と上陸したのだが、当時の李氏朝鮮は鎖国政策の真っ只中にあったため宣教者が続々と処刑される、ああるいは処刑を免れても全く布教できない状態が続いた。
その状態を打開したのが、ある宣教師が聖書をハングルに翻訳し、中国大陸を伝って伝来させた。そのことから朝鮮半島では近代化とともに急速にキリスト教化が進んでいった。

第四章「キリスト教受容の要因」
韓国では1世紀も経たずして急速にキリスト教の信仰が広がりを見せたのだが、その原因には元々ある朝鮮半島の宗教観とキリスト教の考えの類似点を著者は取り上げている。例えば「一神教であること」「儒教の倫理とキリスト教の倫理が似ていること」などが挙げられる。
儒教そのものの考えとキリスト教の考え方が似ている一方で、古来日本にある神道的な考え方が受け入れられず、反発を覚えた(元々「小中華思想」の考えも根付いている部分もあるのだが)ことから独立運動・抗日運動などの精神的支柱にもなった。

第五章「韓国キリスト教会の問題と展望」
しかし韓国におけるキリスト教も問題が無いわけでは無い。その一つとして第一章で述べた「ヨイド純福音教会」が挙げられる。この教会について韓国メディアがキリスト教そのものの批判の槍玉に挙げたり、教会そのものの拡大化を批判したりする事がある。また特定の教会とまでは行かなくともキリスト教の中には小さな宗派もあり、その宗派が「カルト化」する事への批判がある。その批判の主な要因としてはテロ行為などの「反社会的行動」の火種に及ぶ可能性があると言われている。

韓国とキリスト橋の関係は密接にある。しかし宗教そのものの問題も同様にはらんでおり、政治的な問題と言うよりも「韓国」と「宗教」そのものの問題としてあげられることもある。未来の話になると北朝鮮と手を取り合うことになれば、キリスト教と朝鮮半島全体がどう関わっていくか、という新たな課題も見つかる。蜜月でありながらも、どこかで排斥の要素もありうる、と言うことは日本にいては、本書に出会うまで知り得なかった現状がここにあると言える。

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