いじめの深層を科学する


「いじめ」と言う言葉が学校などで叫ばれているが、最近では「職場いじめ」など学校以外の所でも言われている。この「いじめ」という言葉がメディアで取り上げ始めたのは1973年の「中学生首切り殺人事件」のことであったが、社会問題化され始めたのが1980年代のころである。この頃から「いじめ」を題材にした小説・ドラマなどの題材に取り上げられ始めたと言える。
しかし、なぜ「いじめ」が社会問題になったのだろうか、そして「いじめ」そのものの深層とは何か。「いじめ」の根本を解決する前に、「いじめ」そのものの本質を知る必要がある。本書はそのための一冊で在る。

第1章「言葉「いじめ」の定義を考える」
「いじめ」と言う言葉を辞書で引いてみると、

「(苛め)いじめること。弱い立場の人に言葉・暴力・無視・仲間外れなどにより精神的・身体的苦痛を加えること。1980年代以降、学校で問題化。」「広辞苑 第六版」より)

とある。あくまで国語辞典の意味であるが、文部科学省(旧:文部省)の定義は1980年代~2000年代とで変化を遂げている。最新では2006年に定義されたものがある。
しかし本章ではなぜ「いじめ」が起こるのか、加害者・被害者の双方からどのような感情が起因して「いじめ」が発生しているのかも考察を行っている。

第2章「いじめの源流を考える」
今でこそ国語辞典は文科省の定義に「いじめ」があるのだが、1960年代の頃には存在しなかった。初めて乗ったのは古語からある「いじ・める」という動詞の言葉だった。それが時代と共に名詞の「いじめ」が出てきた。

第3章「いじめ心の本質を考える」
そもそも人間の感情にはポジティブな感情とネガティブな感情を持ち合わせている。両方をバランス良く保ちながら生きている。また人は「善」か「悪」かという哲学的・宗教学的な観点から異なる。
しかし人間には、他の動物と同じように「本能」を持っているのだが、それを制御するための「理性」をもっているが、「理性」の度合いにより、獣心が生まれ、それが相手に対して暴力を振るう「いじめ」となる。

第4章「いじめ3層世界を考える」
いじめには3層の世界に分かれている。

「表層」・・・「遊び」「いたずら」「からかい」といったことを行う。
「中層」・・・「プロレスごっこ」「仲間外し」「無視」「ケンカ」といったことを行う。
「深層」・・・「自殺」「不良行為」「非行」と呼ばれる行動を行う。

「表層」の場合は「いじめ」というよりも「イジり」という部類に入るのだが、度合いによって「いじめ」という扱いにもなる。その「表層」がエスカレートして「中層」「深層」へと展開し、深刻ないじめとなり、死者を出すほどの事件にまで起こる。

第5章「深層いじめ世界の暗部を考える」
「いじめ」の中でもっとも根の深い「深層」、その「深層」が引き起こす「いじめ」のことを本章、及び次章にて「深層いじめ」として定義されている。わかりやすく言うと、殺人リンチ事件や金銭に絡むいじめ、それ以外にも警察沙汰になるような事件になったものが「深層いじめ」にあたる。
その「深層いじめ」は、かるい「からかい」などからいかにして心の闇を生み、広がっていったのかについて考察を行っている。

第6章「深層いじめはどうやって誕生し成長したかを考える」
子供たちはどこかで、大人たちに対する「反抗意識」を持っている。それがいじめになったり、非行になったりと、様々な行動に陥ることがある。
「いじめ」という概念が誕生した60年代は非行に走ったとしても、「暴走族」といったことが主だった、70年代に入ると「いじめ」が生まれ、時代とともに「非行化」し、殺人事件などの凶悪犯罪などにエスカレートしていった。

第7章「いじめと闘う」
いじめの要因の一つには「心」がある。その「心」に対していかに教育していくかは、学校や家族の役割である。しかし家族の関係が希薄化し、学校でも指針を出すことができず、教育そのものが「サービス化」してしまい、「心」の教育ですら蔑ろになってしまった。
本章で「いじめ対策」を個人、学校、家族、メディアなど様々な観点から提言を行っている。

「いじめ」はこれまで日本になかったものだったのだが、モノやサービスが豊かになった、さらには人間関係が希薄化したことの産物によるモノなのかもしれない。その「いじめ」をどのように防止し、対策をしていくのか、本書はそれを行うきっかけとなる一冊である。

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