戦国武将の死生観

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今となっては超高齢社会という時代だったのだが、戦国時代を遡ってみると50年生きられるかどうかわからなかった時代である。小さい子供でさえも無くなる可能性の高かった時代だった。
その時代の中で武士・武将たちはどのような「死生観」を持っていたのだろうか。本書ではそのことについて考察を行っている。

第一章「三英傑 信長・秀吉・家康の死にざまと死生観」

「人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり。ひとたび生を得て滅せぬもののあるべきか」「幸若舞」より)

この言葉は織田信長が好んで詠ったという。その詩に近いように、信長は齢48でこの世を去った。方や秀吉は61歳、家康に至っては74歳の当時で言うところの長寿だった。
本章では三英傑のそれぞれの生き方について医学的な観点で死生観を分析している。
余談であるが、「三英傑」の共通点は尾張・三河国のある名古屋であり、名古屋では毎年三英傑を称えるための「名古屋まつり」が開かれている。

第二章「病苦にあえいだ英雄たち」
戦国武将では有名な武将も数多くいるのだが、中には病に冒され、亡くなった武将も少なくない。本章ではその事例として、武田信玄、上杉謙信、毛利元就、伊達政宗を取り上げている。

第三章「この世に未練を」
病気によって志半ばに亡くなった武士もいる。前田利家や徳川家康の天下を常に警戒をしていたが、病に冒され亡くなり、石田三成も関ヶ原の戦いで脱水症に見舞われ捕らえられた

第四章「下克上の梟雄たち」
本章のタイトルにある「梟雄」は「ちょうゆう」と呼び、

「残忍でたけだけしい人」「広辞苑 第六版」より)

と意味する。下克上のために武将たちを殺害したものの、自分自身も他人に討たれたり、捕らえられて処刑されたりした武将もいる。本章では明智光秀や斎藤道三が取り上げられている。

第五章「切腹して果てた武将立たちの執念」
切腹は日本の中でも習俗として扱われていたことがあり、英語でも「HARAKIRI」という言葉が浸透しているように、日本の文化の一つとして扱われている。
日本人の中にある独特な考え方「切腹」によって自害した武将も少なくなく、本章で紹介される浅井長政、武田勝頼などについて自害までの背景と共に考察を行っている。

第六章「老衰死した武将たちの高齢期」
戦国時代には、多くの戦が行われたため、武士や武将はもちろんのこと、平民の中でも戦死者が出た。それ故に病気や老衰で亡くなるケースはなかなかいなかったのだが、本章で紹介される直江兼続などもいる。

第七章「夫におとらず厳しい道、戦国女性の覚悟」
戦国時代は女性に取っても「戦国時代」だった。信長の妹である「お市の方」、細川忠興の正室である「細川ガラシャ」、豊臣秀吉の側室である「淀君」などが挙げられている。

第八章「戦国武将と女性たちのカルテ」
これまで紹介された武将たちの死因と寿命に関してとりまとめている、まとめてみると戦国時代の寿命や死因の傾向が良くわかるのでなかなか面白い、さらに巻末にある戦国武将・女性の寿命と死因一覧もあるため会わせて読むとさらに面白くなる。

「戦国武将の死生観」というタイトルだから武将たちの考え方を取り上げているのかと思ったら、ある意味「戦国武将の死亡カルテ」のような一冊だった。でも、戦国武将がどのようにして亡くなったのか、そしてその裏の理由について知る事のできる面白い一冊であった。

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