おとなが育つ条件――発達心理学から考える

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「おとな」とはいったいどのような存在なのか。調べて見ると、

「(1)十分に成長した人。一人前になった人。成人。
 (2)考え方・態度が老成しているさま。分別のあるさま。
 (3)女房などの頭(かしら)に立つ人。
 (4)子供がだだをこねたりせず、おとなしいさま。
 (5)痘瘡(とうそう:痘瘡ウイルスによる感染症)の異称。」「広辞苑 第六版」より)

とある。あくまで辞書の意味であるのだが、解釈は人それぞれ異なっており、またTPOによって使われ方も異なる。
その「おとな」が現在、一人前になっている以前に、社会の変化に対応できていない、もしくは対応しておらず成長そのものが止まっているように著者は見えている。では、著者が指し示す「おとなの発達」とはいったいどのようなものなのか、そもそも「おとな」とはどのような存在なのかについて、本書を通じて議論をしている。

第1章「発達とは何か」
「発達」というと子どもが大人になるまでに肉体的・精神的双方で成長することを表すのだが、その「発達」の定義について功罪があると著者は指摘している。主に指摘しているのは「発達曲線」であり、

「発達という変化は、時間さえ経てば黙っていても自然に生じるというものではありません。「石の上にも三年」といいますが、何もせずに座っているだけではだめ、その間の過ごし方が問題です。その時間内に「何をしていたか」「どんな働きかけを受けてきたか」など、時間の中味が重要なのです。」(p.7より)

というように主張している。成長には個人差があるのだが、その外的・内的要因も考慮する必要があるという。

第2章「おとなの知力とは―子どもの「知能」とおとなの「賢さ」」
知力というのは記憶力であったり、IQ(知能指数)であったりと言われ方はそれぞれ存在する。その中でも記憶力は、個人差はあるものの20歳以降、だんだんと悪くなっていく、と言うことをTVで観たことがある。その理由として脳細胞が成人になると約10万個ずつ死滅すると言うところにあるのだとか。
しかし、知力の使い方を変えることによって、「おとな」でも知力が発達することがある。もっと言うと、成長段階にある子どもでも、何もしない、あるいは単純作業の繰り返し、思考停止などで衰えることもある。

第3章「感情と人間関係―おとなを支えるネットワークの発達」
人間は、理性はあれども感情を持っている動物である。特に子供の頃は理性が成熟にならず、感情をもとに話したり、行動に移したりする。それがだんだん成長していくとともに、理性も成長し、感情が成熟化し、羞恥心や同調・協調するようになってくる。他にも「おとな」の世界では社会にもまれて、もしくは恋人・夫婦間のやりとりで人間的な成長をするのだがそのメカニズムについても取り上げている。

第4章「家族の中でのおとなの発達 1―結婚と夫婦関係」
最近では独り暮らし、難しく言うと「核家族世帯」が増えてきているが、それでも結婚して夫婦になる人は少なくない。夫婦ができると、その間に子どもができ、家族になる。その家族の中で子どもは発達するのだが、おとなも別の所で同様に「発達する」。
本章と次章では家族における父親・母親などの「おとな」の発達のメカニズムを紹介しているが、最初はつきあい始めてから結婚するまでのプロセスである。

第5章「家族の中でのおとなの発達 2―「親になる」こと/「親をする」こと」
次は夫婦の間で子どもができ、「父親」「母親」など「親」になってからのプロセスである。ここからは男女関係だけではなく、新たに「親子関係」が形成づけられるのだが、育児における父親のあり方、さらには育児不安、家族観などについて統計データをもとに取り上げている。

第6章「私はどう生きるのか―アイデンティティ、生き方、ジェンダー」
アイデンティティはよく心理学や哲学などで取り上げられるテーマであるが、ここでは「おとな」におけるアイデンティティが中心となる。男性にしても、女性にしても「個人」としての自我、もしくは性別としての自我が備わっているのだが、それをどのようにして対処するのかを説いている。

第7章「幸福感―何がその源泉か」
人は誰しも幸せを求める。民主党政権下で鳩山内閣では「幸福度」の調査実施を行ったり、後の菅直人内閣では「最小不幸社会」を掲げたりした。前者は幸福を求めるのに対し、後者は不幸を減らすと言うだけで、幸福を求めておらず、無味の様に思えてならなかった。
私的な意見はさておき、個人としての幸福、「おとな」としての幸福、さらには「日本人」としての幸福とはいったいどこにあるのだろうか、国際的な比較を兼ねて考察を行っている。

発達は「子ども」にも「おとな」にも存在する。しかし「発達」という言葉がメディアなどで使われるときは、ほとんどの場合「子ども」である。「子どもは成長する」と言うことをすり込み、おとなにおける「成長」をあたかも否定しているように思えてならない。本書はそのことについて知らしめる一冊と言える。

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