傷はぜったい消毒するな~生態系としての皮膚の科学

「傷」とひとえに言っても色々な種類があるのだが、大概は消毒をして、ガーゼを当てて雑菌が入らない様にする、と言った事があたかも「常識」だった。しかし著者は10年ほど前からそのような治療には科学的な根拠がなく、かえって逆効果をもたらすと言われるようになったという。

ではなぜ本書のタイトルのように「消毒をしてはいけない」のか、そして著者が提唱する「湿潤(しつじゅん)治療」とはいったい何なのか、本書はそのことについて、人間の生態系とともに取り上げている。

第1章「なぜ「消毒せず、乾かさない」と傷が治るのか」
著者が提唱する湿潤治療は著者独自の治療法であり、治療によって重い火傷の傷も完治することができたのだという。治療の原則として、

1.傷を消毒しない。消毒薬を含む薬剤を治療に使わない。
2.創面(傷の表面のこと)を乾燥させない。(p.20より)

とある。乾かさない、それでいて消毒しないことが原則になっている。その理由については第5章移行いくつかに分けて紹介されている。

第2章「傷の正しい治し方」
「傷」と言っても規模によって応急処置だけで大丈夫な傷もあれば、病院へ受診した方が良い傷もある。本章では応急処置として湿潤治療をする際に必要なものから擦り傷や火傷の治療の方法について伝授している。また病院へ受診した方が良いケースも併せて紹介している。

第3章「ケガをしたら何科に行く?」
第2章で述べたケガはいわゆる「外傷」にあたる。外傷というと外科にあたるのだが外科にも色々な種類があり「整形外科」「脳神経外科」「心臓外科」「眼科」など傷を負った場所、傷の種類によって受ける診療科が異なる。本章では傷の規模・場所・種類などからどこの診療科に行けば良いのか、あるいは湿潤治療を受ける際にどこに行けば良いのかを紹介している。

第4章「私が湿潤治療をするようになったわけ―偶然の産物」
そもそも湿潤治療は著者独自の技術であるが、その技術が誕生したのはいつ、どのような時なのか。本章のサブタイトルにもあるとおり「偶然の産物」と言われているのだが、その「偶然の産物」が生まれたのは形成外科医の時のある本の出会いだった。それを実践するように形成外科の中でやってみたら、消毒をしたとき以上の効果が表れたことを確認した。その後湿潤治療に関することについてひたすら勉強を始めた中で消毒薬に関する批判的な論文にも出会ったのだという。

第5章「消毒薬とは何か」
消毒薬はいまではどこの薬局・スーパーにも売られているほどである。コンビニにも店によってであるが、置かれているのを見かける。消毒薬は殺菌効果も高いことから重宝されているものの、どのようにして細菌を殺すのか、そして人間に害はあるのかについて細胞単位で説明されている。とどのつまり消毒薬は、殺菌効果はあるものの、人間にとって無害ではなく、安全もない。場合によっては有害になるのだという。その原因には「タンパク質」が深く関わっている。

第6章「人はなぜ傷を消毒し、乾かすようになったのか」
ただ昔から「傷は消毒するもの」という概念がある。それはいつ頃から生まれたのだろうか。その歴史を古代の歴史から紐解いている。元々は傷をなめることで直していたのだが、やがて、植物による治癒も行われた。しかし治癒の方法は模索状態が永らく続いたが19世紀の半ばである。ある開業医が消毒に関する論文を提出し、話題となったが、反発も多かった。しかし開業医の後ろ盾をしたのが細菌学の草分け的存在であるロベルト・コッホである。その支えによって白日の下にさらされ、医学も消毒主義に変わっていったのだという。

第7章「「化膿する」とはどういうことか」
「化膿する」と言うと、傷が悪化してしまい、膿ができ、傷口が開き、激しい痛みが生じる。その化膿はどのようにしてできるのか、そして湿潤治療をもとにした対処法はどのようなものがあるのかを提示している。

第8章「病院でのケガの治療―ちょっと怖い話」
ケガの程度・具合によっては病院で治療を受ける必要がある。しかしその病院でも対処方法、対処薬を間違えて良くなるどころか悪化させてしまうケースもあるのだという。そう考えると病院は完治できる期間とはちょっと疑ってしまう。

第9章「医学はパラダイムの集合体だ」
医学には様々な治療法が生まれ、伝えられている。しかしその中には「トンデモ」と呼ばれる程奇妙な治療法まで存在する。それがなぜまかり通っているのか、それは医学そのものが「パラダイム(科学における模範)」となって息づいているからである。

第10章「皮膚と傷と細菌の絶妙な関係」
人は誰しも傷付く機会がある。ここで言う傷は「心の傷」ではなく、あくまで「外傷」であるが。外傷を負うと、当然雑菌が入ってくるのだが、それを避けるために消毒しようとする。しかし考えて欲しいのが、人間には無数の細菌が皮膚や内臓の中に存在する。細菌によって人間としての体が機能しているものもあれば、人間としての機能を害するものまである。それが私たちの知らないところで上手く調和している。

第11章「生物進化の過程から皮膚の力を見直すと―脳は皮膚から作られた!?」
人間は人間としての生き方があると同時に細胞にも細胞としての生き方が存在する。本章のサブタイトルにある「脳は皮膚から作られた」は少し大げさかも知れないが、皮膚と同じ細胞から作られていることからそのように定義している。

「生態系」を学ぶとなると、多様な生物の傾向を一つ一つ見ていかなければならないので難しいが、本書のように傷口の治し方から治療法と取っつきやすいところから入り、生態系に入っていくところが何ともおもしろかった。ただし、湿潤治療をやろうと言うことは当ブログではさらさら言わない。あくまで書評をしている訳なので、読み物としておもしろかったかどうか、と言うことを述べているだけである。とはいえタイトルのインパクトもあるが、それに根付いた理由もなかなかユニークだったので、治療について固定観念の持っている方であれば是非読んだ方が良い一冊である。