教皇フランシスコ

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現在のローマ教皇であるフランシスコが、教皇に就任してから1年になる。前の教皇であるベネディクト16世が高齢を理由に退位したことが理由である(ちなみにこのことで719年ぶりに名誉教皇が誕生することとなった)。歴代教皇では初めての南米から教皇誕生で、元々はアルゼンチンのブエノスアイレス出身である。
1年経ったというわけではないのだが、具体的に教皇フランシスコはどのような人物なのだろうか、そしてどのような人生を歩んでいったのか、そのことについて取り上げているのが本書である。
なお、日本のメディアのほとんどは「ローマ法王」と用いられるが、本ブログでは本来の「教皇」と用いる。

Ⅰ.「人生を変えた“春の日”」
最初にも書いたとおり教皇フランシスコはアルゼンチンのブエノスアイレスで生まれた。元々教皇の家系はイタリア移民で、敬虔なキリスト教信者だった。幼少の頃から成果ズは貧しく小学校卒業と同時に働きに出ていた。働きながらも勉強を進め、修士号(化学)も獲得している。その後イエズス会に入会した。イエズス会に入った理由は学生の頃からイエズス会へ赴き、自ら負った肉体的・精神的な痛みについて向き合っていた。その痛みにおいて教訓を学び、聖職の道に走ることになったという。もっとも入会した要因にはイエズス会は徹底した規律によって成り立っているからである。

Ⅱ.「イエズス会出身の枢機卿」
その後聖職の道に進み8年後、司祭となった。しかしアルゼンチンは70年代~80年代にかけて「汚い戦争」と呼ばれる白色テロが横行した。戦争が行っていた当時はイエズス会の管区長を勤めていたが、軍事政権により迫害され、責任を問われると言った苦難もあった。その後カトリックの中でドンドン昇進して行き、1978年(ヨハネ・パウロ2世が選ばれたとき)、2005年(ベネディクト16世が選ばれたとき)、そして2013年(自ら選ばれたとき)の3度コンクラーベの候補に挙がった。

Ⅲ.「新教皇フランシスコの五つの挑戦」
フランシスコが教皇になって「初めて」の記録がいくつかある。一つは最初にも書いたとおり南米出身者初の教皇もあれば、もっと広く言うとアメリカ大陸出身者で史上初めて教皇に就任したというのもある。もっと言うとイエズス会出身者としても初めての教皇が誕生したことになる。
そういった中で教皇フランシスコは貧困対策をはじめグローバル化やスキャンダルなど様々な戦いを続けていくなかで以下の様な挑戦もしているという。

・聖職者による児童虐待の撲滅
・財政の透明化
・同性愛や妊娠中絶、安楽死への反対
・信者、聖職者数の減少の歯止め
・宗教観の対話

この5つについて日々、様々な形で挑戦し続けている。

フランシスコがローマ教皇になって1年経つ。この1年の中で世界中では様々な出来事が起こっており、現在進行形でも発生しているものもある。その中にはカトリックでも安穏としてはいられない事柄もある。貧困対策だけではなく、様々な困難に直面し戦っていく現在の教皇はこれからどのような改革をし続けていくのか、注視していく必要がある。

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