「上から目線」の構造

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最近世の中の人々は「上から目線」でモノを言う人が多いのだという。意識しなくても、相手に対して「できていない」と批判したり、威張り散らしたりするなど、若者から中高年に至るまで幅広い年代で「上から目線」でモノを言っている。本書はなぜ「上から目線」になっているのか、心理学的な観点から考察を行っている。
第1章「なぜ「上から目線」が気になるのか」
「あの人上から目線でモノを言っている」と言うような言葉をよく聞くのだが、取り分け仲間内で言われることが多く見られる。実際に上司からの指導についても上から目線だと思ったり、威張り散らしている人も上から目線でモノを言ったりするように感じられてしまうと言う人も少なくない。そういう印象を持つ理由としては第4章の「目線」にも詳しく書かれているのだが、扱い方や視線と言ったものが挙げられる。

第2章「「上から」に陥りがちな心理構造」
「上から目線」に陥りがちな人には色々な特性があるようだが、一つには劣等感や優越感といった勝ち負けの原理など様々な感情から「上から目線」になる傾向にある。他にも「やりたいことがない」といった空白の状態を埋めるために自分自身を誇張すべく「上から目線」でモノを言うような傾向も存在する。

第3章「空気読み社会のジレンマ」
日本人は「空気」を重んじる社会である。実際に私自身「空気よめ」というような風潮を嫌っている。むしろ空気を読むヒマがあったら、悪い空気を変えてみた方が良いからである。
それはさておき、過度に空気をよむあまり、大学生の場合だと「トイレで弁当を食べる」ようなことも起こっている。

第4章「目線に敏感な日本人」
「空気」の構造と言っては難なのだが、「空気」は「他人の目線」もしくは「他人の視線」と言うような形でとらえられる。それ故にそういった目線や視線に察知してお客に説教をしたり、恐怖を覚えたり、自己中心になったりするような人もいる。

第5章「「上から目線」の正体」
「引きこもり」が社会問題になって久しいが、実際に日本人そのものが「引きこもり化」している様に思えてならない。そう考えると本章では「「引きこもり」は日本的現象(p.198より)」と言っているように、日本独特の風潮として扱われている。それ故に内向きになってしまい、外に目を向けなくなっているという。

「上から目線」と言われているにも心理的な理由が存在する。しかし一つ一つを槍玉に挙げて、批判するというのもどうかと思う。他人を気にするよりももっと自分自身を磨くのことで、他人の批判を突っぱねることができるし、実際に本書を通じて、「人の振り見て我が振り直せ」というように改めてみるのも良いかもしれない。

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