疑う力

物事は色々と疑ってこないとやっていけない。むしろ信じ込みすぎると「足元を」すくわれてしまう。もちろん様々な疑問なり、矛盾なり存在する中で、どのようにして対応していけば良いのか、本書では「疑う」ことから始まり、疑うことによって矛盾・問題点を発見することができ、解決に導く要素になるのだという。本書はその「疑う」ためにはどうしたら良いのか、その着眼点と方法について伝授している。

第1章「まず「疑うこと」から始めよう」
私の座右の銘に「我思う、故に我あり(Cogito ergo sum)」これは懐疑哲学の始祖でアリ、近代哲学の始祖の一人とされているルネ・デカルトが著した「方法序説」に出てくる言葉である。この言葉が出てきた要因として「一切を疑うこと」をもとに世の中のありとあらゆる疑問を問い詰め、否定していったのだが、唯一自分、そして自分自身の思考そのものは否定することができなかった。自分の考えていること自体が自分自身であることを「証明」しているのだから、この「我思う、故に我あり」と言う言葉ができたのである。
本章では全部を疑うとまでは行かないものの、例えば電車にある広告もそうだが、経路案内サービスについていかにして疑うかについて取り上げている。実際に著者はこれまで「渋滞学」や「無駄学」、そして最近では「誤解学」も取り上げているが、その根源が「疑う」ことにあった。

第2章「「IMV」を使って科学する」
「IMV」とは、

Intention・・・(伝え手の)意図
Message・・・(伝え手から発した)伝達情報
View・・・(受け手の)見解 (p.52の図より文章化)

の頭文字で成り立っている。いわゆる相手の考えと伝達をどのように解釈する、受け手側の見解がどうであるかをパターンごとに解説している所である。完全に意図と見解、伝達情報が一致しているものがあれば、いずれも一致しない、あるいはいずれかが一致しない場合が存在する。

第3章「数字、統計データには要注意!」
論理を解き明かす上で最も重要になってくるのが確かな情報であるのだが、その中に数字や統計データが入ってくる。その統計データや数字にしても「トリック」があり、高く見せることもできれば低く見せることができる。そのことによって受け手の解釈が変わり、本当に伝わっているのかすら分らない状況になってしまう。本章ではその数字や統計データこそ、最も疑わなければならない必要性はもちろんのこと、どこに注意して見たら良いのかを伝授している。

第4章「失敗を成功につなげる」
コミュニケーションにしてもプレゼンテーションにしても、どこかしたらか伝達ミスが存在する。完全に伝達できることはあるのだが、それはごくまれと言っても良いと言える。もちろんコミュニケーションには「広告」もそうだし、例えばこのブログ記事で読み手に伝えるというのも一種のコミュニケーションである。そのコミュニケーションにおける失敗を表にまとめて分析し、自分自身の失敗の傾向について解き明かすのが本書である。

第5章「矛盾とともに生きる―trust and doubt」
矛盾と言っても全てを取り去ることができないし、疑う力を持っても全てのモノを疑って、疑心暗鬼状態に陥ってしまっては話にならない。そのため、矛盾や疑問と共に「共生」する事も大事である。もちろん考える事も必要だが、何よりも行動をしながら、疑いを紐解いていくこともできる。

疑うことによって物事の考え方を鍛えることができる。もちろん程度にもよるのだが、疑うことによって本質も見えてくるし、疑い、そして本質を見極めることによって行動の質も変わってくる。こんにちは情報が玉石混淆の如く流れている状況なので、「疑う」要素は非常に重要なものになってくる。