父子相伝-陳家の訓え

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今から10数年前、フジテレビ系列の番組に「料理の鉄人」という番組があった。その番組は鹿賀丈史のキャラクターはもちろんのこと個性的な鉄人がいた。その鉄人がそれぞれの所で有名になったという逸話まで存在するが、本書の著者である陳健一氏も「中華の鉄人」で参加し、結果を残した。もちろん番組終了後も「中華の鉄人」と言われ、著者、および著者が経営している飯店ともども大盛況になった。本書は著者が中華の鉄人へ辿ってきた道とこれからのことについて綴っている。

一章「父と僕の麻婆豆腐」
著者は1956年、東京で生まれた。父は第2章にて詳しく紹介するが、「四川料理の父」と呼ばれた陳建民である。その父を誇りに感じ、自分もその跡取りとなるために、料理人を志したのは22歳の時である。その時から「陳建民二世」と言われるようになり、プレッシャーに押しつぶされそうになったこともあった。しかし著者は、

 「ああ、そうだよ、俺は陳建民じゃねえんだ、陳健一だ」(p.28より)

と自ら鼓舞し、言い聞かせ、修行に励んだ。

二章「中華の神様陳建民が辿った道」
著者の父・陳建民はしばしば「中華の神様」と言われる。その理由としては戦後間もない時に日本に渡り、中華飯店を開いた。その中華飯店が有名になり、NHKの「今日の料理」の講師としても活躍した。もちろん当時は中華料理について認知されていない時代。陳建民の存在感と、見慣れない中華料理が人気を呼び、たちまち人気講師となった。その後1966年に恵比寿で中華料理の学校まで設立し、中華料理のプロ料理人を数多く育て上げた。

三章「四川飯店の二代目教育」
著者が料理人を志したきっかけは父が出演した料理番組を見てのことである。それから著者が大学を卒業し、父のもとで修行するようになった。中華飯店で父のもとで働きながら、さらには父の出張料理に同行し、中華料理のイロハを学んでいった。

四章「中華の神様の遺言」
著者の父・陳建民が亡くなったのは1990年のことである。突然跡を継ぐことになった著者は試行錯誤の調理場改革を行った。そして「料理の鉄人」出演。もともと番組出演を渋っていたのだが、出演することに踏み切ったきっかけは主要審査員であり「おいしゅうございます」という言葉があまりにも有名になった料理記者・岸朝子の助言だった。著者は「料理の鉄人」にて様々な名勝負を生んだが、その裏側についても著者自身の観点から綴っている。もちろん番組の影響もあり、著者が経営する中華飯店は大盛況であり、ほかにもディナーショーや料理人とのコラボレーションも行ったという。

五章「三代目の息子に伝えたいこと」
著者はあと2年で還暦を迎える。そのためか三代目の後継者を育てることにも余念がない。著者の息子は料理人になるべく、著者の父の故郷である中国・四川で修業を積み料理人としての道を辿っている。そして著者は2008年「現代の名工(卓越技能表賞)」を受賞した。著者の父も1987年に同じ賞を受賞しているため親子二代での受賞となった。

今もなお「中華の鉄人」として自身の経営する中華飯店で腕を振るい、商品のプロデュースや出張料理などを積極的に続けている著者、その足跡は日本における中華料理とともにあり、そしてその足跡は父である初代から、二代目へ、そして現在も修行を続けている三代目へと辿っていく。その長きにわたる道に著者がいるといっても過言ではない。そのことを伝えた一冊が本書である。

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