ザ・タイガース 世界はボクらを待っていた

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「ザ・タイガース」というバンドを知っている方々はだいたい50~60代の方々、あるいは60年代後半当時の音楽にハマっている方々くらいだろう。しかしザ・タイガースのメンバーの中にジュリーこと沢田研二がいること、そして同じリードギターに岸部シロー(現:岸部四郎)がいることはあまりにも有名な話である。
でもなぜ今ザ・タイガースなのか、と言うと本書が出版された一昨年に一時期だけ再結成されたと言うことで話題となった。そう1969年に元メンバーの加橋かつみが失踪して以来、実に44年ぶりのことである。そのため本書が出版されたと言っても良いのかもしれない。
しかしザ・タイガースとはどのようなバンドだったのか、ザ・タイガースがどのように結成し、解散していったのか、その歴史について紐解いてみる。

第一章「東京から大阪へ―アイビーとビートルズ」
ザ・タイガースが結成されたのは1965年に京都だったが、この時は「サリーとプレイボーイズ」だった。それから活躍の舞台を大阪に移し、「ファニーズ」に名前を変えた。この時にジュリーこと沢田研二が加入した。そして東京へ移るきっかけとなったのは、当時拠点としていたジャズ喫茶に来店していた内田裕也の一言だった。

第二章「東京―GSブームの到来と亀裂」
新幹線で上京し、オーディションに合格を果たした。その時に「ザ・タイガース」に改められたのだが、自分たちで名づけたのでは無く、初出演だった番組プロデューサーであった音楽家のすぎやまこういち氏によって名付けられた。それから当時隆盛を極めていた渡辺プロダクションや内田裕也の後押しもあり、スターダムにのし上がった。

第三章「東京からニューヨークへ―サイケブームのなかで」
1960年代後半になっていくにつれて人気も高まってきたのだが、メンバー同士の対立もあった。その一つとして沢田と加橋の対立が本章の冒頭にて挙げられている。同時期にドリフターズとの共演やザ・タイガース単独で映画に出ると言ったこともあった。

第四章「ロンドン、パリそして京都―解散そして復活」
最初に書いた岸部シローが加入したのは解散前となる1969年頃だった。この時にはメンバー同士の亀裂がドンドン出てきて、1969年3月に加橋かつみの失踪騒動が起こった。また音楽も多様化が起こり、人気に陰りが生じ、1971年の解散コンサートをもって解散することとなった。その後1981・1982・1989年の3度再結成し、そして2013年に44年ぶりとなるオリジナル・メンバーでの復活を遂げた。

解散してから幾度も再結成・復活を経てそれぞれの道へ進む。ある人は歌手として続けている方もいれば、俳優として路線を変えた方、音楽プロデューサーとして活躍している方、芸能界を引退した方それぞれいる。それでもザ・タイガースが残した軌跡は40年を超えた今でもファンの心に残っている。

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