健全な肉体に狂気は宿る―生きづらさの正体

「健全なる精神は健全なる身体に宿る」という諺があるのだが、そうでは無く、健全な肉体であるほど、その中に「狂気」ははらんでいるのだという。その「狂気」とはいったいどのような存在なのか、そして本書のサブタイトルある「生きづらさ」とそれに関する脱し方とは一体何なのかそれについて取り上げているのが本書である。

第一章「世代論に逃げこむな」
「世代論」は簡単に言うと「近ごろの若いものは…」や「この世代は…」という議論に持っていくような考え方である。今の状況や考え方、さらには人間関係に関することについて政治・社会的背景について論じている。

第二章「「自分探し」はもうやめよう」
「自分探しの旅」と言われるようなものが2000年代に広がりを見せていた。自分とは何かを知るためにどこにでも旅をするというものであるのだが、その中でもっとも有名なものとして2006年のドイツワールドカップをもって引退した中田英寿氏が挙がる。しかし、いくら「自分探し」をしても、自分とはだれなのかを知ることができない。そのため本章でも自分探しをすることに対して批判的に取り上げている。

第三章「人間は、わかり合えっこない」
人間にはそれぞれ価値観や考え方、趣味・嗜好などあらゆる面で異なるため、分かり合えない部分も多い、というよりも、著者は「分かり合えっこない」と斬り捨てている。もちろん共通している部分はあるのだが、それがかかわりあってもわからない部分があり、それが相手から見て「変わっている」と認識させられてしまう。しかし著者はそう言ったような状況でも改善せず、「分かり合えっこない」ことを認識の上で生きたらいいのではとアドバイスしている。

第四章「個性とこだわり幻想」
戦後になって「共同体」や「共生」というような概念が薄れ、 「個性」を重視する傾向が強くなってしまった。その個性を重視するあまり、「こだわり」を持つようになったという。しかし著者に言わせればそれらは「幻想」であるという。しかも「常識」についても行動基準になってはいけないことについても指摘している。

第五章「健全な肉体に狂気は宿る」
本書のタイトルにある要因には、精神的なものと肉体的なものは別々であるという。もっとも肉体的な異常は無かったとしても、精神的な「異常」をきたす場合がある。それは普段の場所でもそうなのだが、「戦争中」という「異常」と呼ばれる空間の中でも起こり得ることから来ている。

第六章「まずは身体に訊け」
体調や精神的なことにまつわる自分自身の体にまつわることのほかに、将来など自分自身の過去・未来にまつわることもすべて自分自身の身体の中にあるという。本章ではそれについて取り上げられている。

体調だけではなく、自分自身の心の中にも、すべて身体の中が知っているという。いろいろな自己啓発を知ることよりも、自分自身の身体を知り、鍛えることによって啓発することができるという。そのことを本書が教えてくれる。