比較のなかの改憲論――日本国憲法の位置

憲法改正の論議は今のところ沈静化しているとはいえ、これからまた改憲の動きがある可能性がある。私の根本は改正したほうが良いという意見なのだが、それ以前に護憲であろうとも、改憲であろうとも、憲法に関する議論は深める、いわゆる「論憲」を行うべきと考えている。
そこで本書である。本書は憲法改正の中でどこが改正される主軸となるのか、憲法改正における功罪とは何か、そして憲法改正ははたして可能なのか、憲法改正の意味など諸外国の憲法と多角的に比較を行っている。

第一章「改憲手続を比較する」
先進国の中でほとんどの国が憲法改正を行っている。しかし日本では1948年5月3日に「日本国憲法」が施行されてから一度たりとも改正されていない状況にある。これまで改正に関する議論は戦後間もない時にもあったのだが、池田勇人内閣以降経済成長路線が主軸となり、憲法改正の議論は長きにわたって下火となった。その議論が再燃したのは90年代に入ってからのことである(それまでは第9条が主軸だったのだが、プライバシーなどそれ以外の条項の改正論議も出てきた)。そこからはことあるごとに再燃したり、下火になったりの繰り返しで、結局のところ憲法草案が国会に提出されたことは一度もなかった。
その壁の正体が、一昨年あたりに改正の主軸となった「憲法96条」にある改正手続きである。条文は、

「この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。
 憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する」

と明記されている。そこで、本章の比較である。本章ではこの96条を中心に諸外国の改正手続き事項を比較するというのだが、実際のところ日本よりも改正基準が緩いのはイギリスやニュージーランドくらいであり、他は日本と同じ、あるいはもっと厳しい。にもかかわらず何度か改正されている現実から、「日本の改正要件は非常に厳しい」からということで改正できないのは理由にならない。

第二章「「改正の限界」と憲法尊重用語義務―99条の意味―」
憲法99条には、

「天皇又は摂政および国務大臣、国会議員、裁判官その他公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」

と明記されているが、本当のところ「擁護する義務を負ふ」の部分は、解釈によるのかもしれないのだが、憲法を遵守することを義務としているのか、それともそもそも改正を妨げているのか、そのことについての疑問についての議論を行っている。

第三章「「押し付け」論再考―「自主憲法」とは何か―」
改憲論者の多くには「現在の日本国憲法はアメリカのGHQによって押し付けられたものである」という意見が多い。もちろん日本国憲法が作られた背景にはGHQが深くかかわっていたことは否定できない。本章ではその憲法を制定した経緯について取り上げているとともに、憲法が施行された後にあった「改正勧告」について、当時の日本政府が拒否したことについても取り上げている。

第四章「「国民は個人として尊重される」―人権規定を比較する―」
憲法には「基本的人権の尊重」が憲法13条にて明記されている。本章のタイトルにある人権規定は諸外国と比べてどうなのか、本章ではフランスとドイツを対象に比較を行っている。

第五章「戦争放棄と「現実論」―平和的生存権と各国の平和条項―」
憲法9条には「戦争放棄」について明記している。しかしその条項について、「自衛」目的での戦力を保持することが認められていること、「戦力・武力」そのものの保持が禁止されるなど、解釈が多岐にわたっている。そのうえで諸外国において「戦争」、あるいは「武力」についてどのように明記しているのか取り上げている。それぞれ「侵略戦争のみを禁止」だったり、「国際紛争のみを放棄」を明記したり、「軍隊の不保持」を明記したりと様々であるが、その国の事情に合わせられて明記されているのが特徴といえる。

第六章「国民投票は万能か―国民主権原理―」
日本の憲法改正には「国民投票」が明記されており、第一次安倍内閣にて「国民投票法(日本国憲法の改正手続に関する法律)」が成立した。日本では現時点で国民投票は明示されているが、諸外国ではどうなのかというと50か国以上の国々で制定されており、中には実際に国民投票を行われた国も存在する。そのなかで国民投票における「投票資格年齢」や「最低投票率制度」などの比較について考察を行っている。

憲法改正を行う際に、諸外国の憲法を参考にすることが多く、日本国憲法が制定される前に大日本帝国憲法があったのだが、ドイツのプロイセン憲法を参考にしたのは有名な話である。もちろん改憲に際し、他国の憲法を比較するのは不必要だという意見があるのだが、実際に憲法を改正するにあたり、参考材料になるのは間違いないと考える。憲法そのものについて議論をする際の材料の一つとして本書は存在する。