30代の「飛躍力」 成功者たちは逆境でどう行動したか

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私自身先月30歳となり、ついに「30代」「アラサー」と呼ばれる年代に入ってきた。仕事としても、そろそろ逆境に入ってくる頃であり、ドキドキしている反面、その逆境を乗り越え、飛躍していけるというワクワク感もある。

しかし実際にどのようにして30代を生きていけば良いのか、そしてどのような逆境があるのか、人それぞれであるのだが、具体像がつかめない。本書は国内外の名経営者たちが飛躍した「30代」において、どのような逆境に遭遇し、行動し、乗り越えてきたのかを取り上げている。

第1章「米山稔—ヨネックス ファウンダー名誉会長」
スポーツ用品メーカーを築き上げた米山稔氏だが、それまでは下駄作りや漁業用のウキの販売など、仕事を転々としていた。米山氏の30代はまさに「不幸の連続」という言葉が似合うほどであったのだが、その不幸に対して立ち向かい、何度も再建・復活を果たし、逆境に対抗できる力を身につけ、そうして一大メーカーに育て上げる基礎を作り上げた。

第2章「松下幸之助—松下電器産業(現:パナソニック)創業者」
30代で羽ばたくのか、くすぶってしまうのか、それは自分自身の行動・考え方次第である。本章で紹介する松下幸之助氏は30代に入ったときに、東京・大阪に工場を抱えるなど順風満帆の人生を送っていたのだが、しかし35歳になったときに世界恐慌のあおりを受けて、一転倒産・借金の憂き目に遭ってしまった。それでもその逆境から逃げずにユニークな発想でもって乗り越えてきた。

第3章「チェスター・カールソン—ゼロックス コピー機発明者」
コピー機を発明し、ゼロックスを一大企業にのし上げてきたチェスター・カールソン氏はコピー機の発明を30代で行ったのだが、その発明に潜む大きなリスクをいかに背負い、耐え抜いていったのかを取り上げている。

第4章「本田宗一郎—本田技研工業(ホンダ)創業者」
「オヤジ」と親しまれ、一大自動車メーカーを築き上げただけではなく、マン島レース・F1などモータースポーツの世界にも進出し、結果を残した本田宗一郎氏は自動車のエンジンリングの開発にいそしんだのだが、失敗の繰り返しで、妻の持ち物を質に出すほど窮乏してしまう人生を送った。そして戦争を挟み自動車の開発で成功した後、無二のパートナーとなる藤沢武夫氏との出会いもあった。

第5章「小林一三—阪急グループ(現:阪急阪神東宝グループ)創業者」
阪急グループのみならず、宝塚歌劇団を創設した小林一三氏は20代までは「ダメ社員」の烙印を押されていた。しかし30代になると転機は必ず訪れ、その機会について決断に迫られることが何度もあった。その決断を逃げずに思い切って下すことができたことによって、ダメ社員から歴史に残る名経営者になっていった。

第6章「渋沢栄一—日本資本主義の父」
銀行を設立し、日本における資本主義の基礎を築き上げてきた渋沢栄一氏はヨーロッパなどへ渡り、様々なものを吸収し、日本でも実践してきた。その業種は銀行に限らず数多くあった。また不都合な現実にも向き合い、日本の近代化に向けてひたむきに進み続けていったという。

第7章「盛田昭夫—ソニー創業者」
高度経済成長とともに、一大ブランドを確立させた盛田昭夫氏。実は戦後間もないときにある大きなチャンスがあったのだが、それを断ったという逸話がある。その逸話によって盛田氏がはぐくんだブランドを築き上げる原動力にもなったという。徹底的なこだわりと信念が世界的に知られるブランドにしていったのだが、そのエピソードについて取り上げている。

第8章「スティーブ・ジョブズ—アップル創業者」
最後はアップルの創業者で、Macintosh・iPod・iPhone・iPadなど次々と商品を開発し、大きくしていったスティーブ・ジョブズ氏の30代を取り上げている。ジョブズ氏の人生はまさに「ジェットコースター」と呼ばれるものだったのだが、30代の最初はアップルを追放された所から始まる。それから新しく別の会社をスタートするもののうまくいかないなど、まさに「暗黒の10年」だった。元々の性格も相まって周囲に敵を作るだけではなく、マスコミからも敵視されるほどの存在となったのだが、そこからの逆転劇は周知の通りなのでここでは割愛する。

どんな人生にも山や谷は存在する。30代の人生が順風満帆であれば良いのだが、逆境まみれの人生を送る人もいる。その逆境まみれの中で「何で私が・・・」とくすぶるよりも、開花するためにどうしたらよいのかを考える必要がある。その考える要素の材料として本書が存在する。

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