コミックマーケット創世記

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「同人誌即売会」として世界最大を誇る「コミックマーケット」。今年で86回目を迎えた。今回は8月14日から16日まで行われ、参加者数も55万人に達したという。そこで発売される新しい同人誌はもちろんのこと企業ブースもあり、そこでも新しい商品が先行発売されるなどアニメ・ゲームをはじめとした文化の発信地として代表的なスポットして挙げられる。

しかし近年コミックマーケットにまつわるトラブル・問題・事件もあり、賞賛の目で見られる一方で白眼視している人も少なくない。さらには現在進行形で進んでいるTPP交渉でもこのコミックマーケットの存続が危ぶまれる声もあるという。

本書はそのコミックマーケットの一冊であるが、今からちょうど40年前に誕生した「コミックマーケット」がいかにして作られていったのか、本書は長年代表として支えてきた故・米澤嘉博氏をはじめとしたメンバーとともに取り上げている。

第1章「第1回コミックマーケット開催(1975年12月21日)」
現在では東京ビッグサイトで行われている「コミックマーケット」だが、第1回が行われたのは「東京消防会館」だったという。しかも大会名も「コミックマーケット」ではなく「まんがファンジンフェア」と呼ばれていたという。当時は漫画の即売会の概念がなく、参加者の中にもわけわからず参加した方もいたという。

第2章「『COM』と「ぐら・こん」(1966~71年)」
コミックマーケットが誕生するまでのエピソードについて本書では開催から遡ること約10年前から始まる。具体的にいつ頃から始まるのかというと、「COM」という漫画専門誌が創刊されたときである。漫画雑誌はほかにもジャンプやマガジン・サンデーなどが1950年代に創刊されてきたのだが、そもそも「COM」がなぜコミケのきっかけにつながっていったのかというと、「漫画専門誌」という特徴がある。何かというと単に連載漫画されただけではなく、漫画に関する座談会が掲載されただけではなく、それに発展したイベント「ぐら・こん」が開催されたにある。ちなみにこの「ぐら・こん」には同人誌の原型となる「回覧誌」が紹介されたこともある。

第3章「ファンクラブからの出発(1971~73年)」
その「COM」と「ぐら・こん」の誕生により、同人が広がりを見せ、そのことが漫画創作のシステム作りのきっかけとなったこともあり、漫画のファンクラブもできるようになった。しかし「ぐら・こん」は「COM」とともに70年代に消滅してしまった。しかし「ぐら・こん」によって生まれたファンクラブはどんどん広がりを見せるようになり、それがコミックマーケットの礎となっていった。

第4章「ファンに何ができるのか(1973~74年)」
ファンクラブから「評論サークル」に発展するようになり、それが後にできる「コミックマーケット」の母体となっていった。その「コミックマーケット」が誕生するにあたり、前身となる漫画のフェスティバルが次々とできたのだが、そのことについて本章にて取り上げている。

第5章「コミックマーケット発進!(1974~75年)」
コミックマーケット誕生前にフェスティバルが開催されたのは第4章にて述べたのだが、その中でも有名なもので「日本漫画大会」があった。しかしある時に「参加拒否事件」があった。その拒否事件により「漫画大会を告発する会」ができ、それが新たな漫画の大会を開催することを考えた「コミックマーケット」ができたのだが、そもそもコミケは「反・漫画大会」として象徴づけるものではなく、漫画大会にあった「階級」の概念をなくし、フラット化をすることで独自化・差別化を図っていった組織である。

第6章「コミックマーケットはどこへ行く(1976~79年)」
1975年にコミケが誕生してから、参加者・サークルは増加していったのだが、それとともに事件や運営内外でのいざこざも起こるようになった。そのことが起因したのかどうかは不明であるがコミケの初代代表である原田央男が1979年に辞任し、後任として創立者の一人だった米澤嘉博氏が長らく代表を務めた。その後共同代表に禅譲し現在に至っている。

日本最大の漫画イベントとして君臨しているコミックマーケット、現在でも様々な問題ははらんでいるものの、国内外の参加者にとって愛されている一大イベントである。その一大イベントも作られる前の歴史はあるものの、それに関するエピソードはあまり知られていないものもある。本書はその一端を垣間見ることができる一冊といえる。

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