ヒトラー演説 – 熱狂の真実

「独裁者」の象徴の一人として挙げられ、第二次世界大戦のきっかけの一人となったアドルフ・ヒトラー、ヒトラーの演説は政界に登場してから死ぬまで25年間で数多く行われ、本書はその演説を集めている。演説の場所・内容はさまざまであるが、表現やレトリックを探っていき、なぜその演説が当時のドイツの人々を熱狂させたか、本書はそのことについて取り上げている。

第一章「ビアホールに響く演説―1919~24」
ヒトラーが政治の世界に入ったのは第一次世界大戦後のことである。それまでは一青年に過ぎなかったのだが、その一青年だったころに父への反抗から民族主義などの思想にナショナリズムに傾倒した。青年から軍隊に入った後に政治への道を志すようになった。政治家になるまでの青年のプロセスは「青年ヒトラー」の本が詳しいのでここでは割愛する。
政治家への道を志したヒトラーは国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)が結党され、党の指導者となった。本章ではその際の演説と、クーデター未遂となった「ミュンヘン一揆」前の演説について取り上げている。

第二章「待機する演説―1925~28」
「ミュンヘン一揆」を行ったことにより逮捕・禁錮刑となったが、同年に釈放された。釈放後「わが闘争」を上梓したのだが、その間にも新生ナチス集会などで演説を行ったのだが、合法的な政治活動か疑わしいことから、公開演説活動が禁止されることとなった。それでも代読や写真、そして「わが闘争」をはじめとした本などによる演説活動を行ったという。

第三章「集票する演説―1928~32」
演説禁止によってナチスが凋落の一途をたどったのだが、後にそれが解除されることによって、再び演説活動をするようになった。そうしてナチスとして初の国政選挙が行われたのだが、演説効果からか議席を複数獲得することとなった。後に第二党に躍進し、集票をさらに高めることになった。

第四章「国民を管理する演説―1933~34」
そして第一党から政権与党となり、ヒトラーは首相、そして大統領を兼任し「総統」となった。演説によって集票を行い、政権を掌握していった。そして国民を管理する演説を議会やメディアを中心に行ったのだが、本章ではその演説についてヒトラーの言葉・挙動なども併せて取り上げている。

第五章「外交する演説―1935~39」
ヒトラーをはじめとしたナチ党は条約を破棄し、徴兵制を復活し、そして第二次世界大戦の道をたどることになったのだが、それまでのプロセスについての演説を取り上げている。主にプロパガンダや侵攻を正当化するような演説が多かったという。

第六章「聴衆を失った演説―1939~45」
第二次世界大戦がスタートした当初は有利な状況にあり、ヒトラー自身も怪気炎を上げるような演説を行っていたのが、ソ連との戦いが膠着状態になってから目に見えて演説回数が減り、さらに聴衆も減っていった。ヒトラーの晩年の演説は観衆のないラジオ演説であり、聴衆との隔たりも大きかったという。

アドルフ・ヒトラーは20世紀最大の独裁者の一人であり、第二次世界大戦の引き金になった。さらには徹底した民族主義により、ユダヤ人の迫害・虐殺を行ったのは言うまでも無いことである。しかし、ヒトラーの演説になぜ人は熱狂するのか、そういった本はビジネス書にもプレゼン術のような形であったのだが、本書のように演説の内容・身体動作など多角的に考察を行っている一冊は無いと言える。