逆転のメソッド―箱根駅伝もビジネスも一緒です

LINEで送る
LinkedIn にシェア
[`evernote` not found]

第92回箱根駅伝まであと1か月を切った。すでに出場校は出そろい、これからどのようなドラマが生まれるのか、私自身も箱根駅伝のドラマが好きなので心待ちにしているところである。その箱根駅伝のディフェンディング・チャンピオンとして迎えるのが青山学院大学、その大学の陸上部の監督が、本書の著者である原晋氏である。その原晋氏がどのように箱根駅伝を制していったのか、その人生について綴ったのが本書である。

第1章「選手時代の栄光と挫折」
箱根駅伝の監督・コーチの多くは、学生時代箱根駅伝を経験しているのだが、著者は箱根駅伝を経験していない。とはいえ陸上は行っており、高校・大学・社会人と駅伝や中長距離走で活躍した。しかしその社会人のキャリアでケガに悩まされ、わずか5年で引退することとなった。

第2章「「提案型」営業マンの伝説」
ちなみに著者が社会人選手として所属していたのが中国電力。そこで陸上競技部が創部するのと同時に、著者が所属したというわけである。しかし陸上を引退したのと同時に営業所に配属となり、営業マンのキャリアをスタートすることになった。その中で様々な社内公募を行ったり、提案を行ったりすることによって、営業所の業績を成長させ、「伝説の営業マン」とまでなった。

第3章「箱根駅伝優勝への道~ゼロからの挑戦」
著者が青山学院大学の陸上競技部の監督に就任したのは2004年のことである。そのきっかけが母校の関係者から誘われ、青山学院大学陸上競技部の指導方針に関するプレゼンの機会があり、それが成功したことで監督になった。当時の青山学院大学は箱根駅伝出場自体夢のまた夢のような状態だった。そこから箱根駅伝出場からシード権獲得、そして優勝に向け、ゼロから様々な挑戦をすることになった。しかしその挑戦の壁は非常に厚く、選手を獲得することから「箱根駅伝出場」が無かった監督と言われ断られることが多かったという。さらに最初の頃は本船通過すらままならず、大学OBや大学幹部から「辞めろ」と言われた事もあった。

第4章「青学は、なぜ優勝できたのか」
様々な壁や試練があったものの、2009年、33年ぶりに箱根駅伝出場に導いた。翌年には41年ぶりとなるシード権獲得、それ以降は毎年のようにシード権を獲得し、2015年には初の総合優勝(しかも往路・復路も優勝する完全優勝)に導いた。その優勝に導いた秘訣としてどのようなトレーニングを行ってきたのか、そしてどのような管理をしてきたのかを余すところなく公開し、なおかつ優勝した2015年の箱根駅伝についても振り返っている。

第5章「「逆転」を生み出す理論と情熱」
スポーツには色々な理論があり、それを実践し、結果に導いた人・理論は存在する。もちろんそれは陸上競技にも例外なくあり、著者も自らの理論を構築し、結果に結びつけることができた。その「理論」には「逆転」が存在していたという。

著者は様々な壁や試練を乗り越え、箱根駅伝を総合優勝にまで導いた。今度はディフェンディング・チャンピオンの立場で箱根駅伝に戦うことになる。その立場で連覇をし、黄金期になるためのプランはもしかしたら著者は立てているのかも知れないが、それが実現するのかどうかは来年1月に開催される箱根駅伝にかかっている。

スポンサーリンク