スープの歴史

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今日は東京都心でも初雪が観測されたという。また今日以降も厳しい寒さが続くのだとも言う。その寒い時には必ずと言っても良いほど暖かいものが欲しくなる。特に食事や間食の時にはスープが恋しくなってしまう。食事でも時々食べられるスープ、日本ではインスタントを含めてありとあらゆる種類のスープを食べることができる。

スープと一括りにすると、世界各地に必ずと言っても良いほど存在するのだが、そのスープの種類も地域によって異なる。そのスープにはどのようなものがあるのか、本書は古今東西の「スープ」を取り上げている。

第1章「古代のスープ」
古代と呼ばれる時代にもスープがあったそうだが、スープを作るための鍋などの容器がなかった時代にはどのようにしてスープを作ったのかという疑問がわいてくる。本章を見てみると、

「調理に用いられた最初の「容器」は、地面に掘った穴である」(p.25より)

とある。こう考えるとどうやって調理をするのか首を傾げてしまうが、

「地面に掘った穴に大きな石をいくつも入れ、その上で火を起こす。火が燃え尽きたら灰をかきだし、穴に食物を入れて土で埋める(内部の食物を保温する)。こうすれば、食物は石の余熱で完璧に調理されるのだ」(p.25より)

と言うような方法が用いられた。今で言う石窯のようなものをつくり、それを容器としてスープを作ったという。

第2章「薬としてのスープ」
スープとひとえに言っても色々な種類がある。肉がたくさん入るようながっつり食べられるようなスープもあれば、薬草などの薬を用いた薬膳のスープもある。もちろんそういった薬膳は健康を促進させるだけではなく、病気を治すと言った効果もある。

第3章「貧困とスープ」
スープは誰にでも食べられる。もちろん貧富の差関係なく食べられるのだが、貧困層が食べられるスープがあるのだという。貧困と言ってもそれらしき味なのかというと、貧しくても幸せになれるほどの美味しさがあるのだという。

第4章「保存と携帯、探検と戦争」
スープというと家庭や料理店だけしか食べられないと思ってしまうが、今となってはインスタントがあるなど携帯や保存といったことができるようになった。しかし保存や携帯ができることは18世紀から存在していたという。スープを携帯する技術ができたことにより、探検の助けになったり、戦争の際には保存食としても扱われたりするようになった。

第5章「スープ東西南北」
スープ料理は世界各地に存在するのだが、料理のヴァリエーションは各地で異なる。そこで本章では「東西南北」と称して様々な国・地域のスープについて取り上げている。

第6章「スープこぼれ話」
「こぼれ話」とあるが、スープはこぼれたら大変なことになってしまう。私の場合は昼食の際、飲んでいるスープをこぼしてしまい、キーボードをダメにしてしまったことがあった。そのためスープはこぼれないように細心の注意を払っている。
私事や「こぼれ」話はここまでにしておいて、本章では「スープ鉢」や甘い・冷たいなどスープらしからぬスープを取り上げている。

スープは万国共通のものであり、ありとあらゆるスープが生まれ、親しまれてきた。それは長い歴史の中でも証明づけられており、スープのヴァリエーションの分だけ、スープの深さと面白さと美味しさが共存している。本書はその歴史を垣間見ることができる。

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