死刑執行人の日本史―歴史社会学からの接近


日本の刑法上、死刑は存在しており、年に何回かは死刑執行が行われる。ちなみに死刑執行の最終承認者は法務大臣であり、そのサインでもって死刑が執行されるという。そのサインをしたことにより、ニュースになることがあり、そのたびに死刑廃止論者が批判をするというお決まりのパターンになってしまっている現状にある。

しかし死刑の歴史は太古にまでさかのぼる。それも死刑と言っても今のように絞首刑や毒殺刑だけではなく、八つ裂き刑や火刑など様々な死刑の方法があった。本書ではその死刑のヴァリエーションではなく、あくまで死刑執行人にフォーカスを当ててどのような人物が担い、どのようにして死刑執行を告げたのかを取り上げている。

第1章「牢役人は死刑を担っていたのか」
牢役人は今でいう所の「看守」の立場である。いつの時代にそのような立場の人がいたのかというと江戸時代にまで遡る。この時代における刑罰は、鞭打ちや流刑、さらには身分の転落(エタ・非人になることも含む)もあれば、切腹や斬罪といった死刑もあった。特に切腹における介錯や斬罪をする際の執行人は誰がやっていたのか、主に牢役人もいれば、刀の鑑定士が副業として行っていたのだという。

第2章「なぜ看守が死刑執行を担うようになったのか」
本章では開国し、明治時代に入った時の死刑執行人を取り上げている。これまでは牢役人をはじめ様々な人物が行ってきたのだが、明治時代からは看守がその死刑執行を担うようになったのだという。しかしなぜ看守が担うようになったのか、そこには刑法の成り立ちにも絡んでいるという。

第3章「戦後から現在に至るまで死刑執行人をめぐる諸問題」
今では看守ではなく、「刑務官」が死刑執行を行っている。本書の冒頭に毎年のように死刑執行が行われると書いたが、実際には行われない年もある。そういったことは時事的なこともあるが、法務大臣によっては自らの意向で一度も死刑執行のサインをしないというのもあった。その最初の人物となったのは、戦前に大蔵大臣(現在の財務大臣)を務めあげ、A級戦犯として起訴されるも、政界復帰し、法務大臣となった賀屋興宣(かや おきのり)がいる。賀屋はA級戦犯として拘留されている際に、死刑執行が行われる瞬間に何度も立ち会ったことから、サインしなかったと言ったことがどこかの文献で記載されていたが、実際のところは本人の胸のうちにあり、闇の中である。その日本における死刑執行を巡って現在もなお様々な議論が起こっているのだが、その議論についてのプロセスを取り上げている。

第4章「問われなくなった問題とは何か」
死刑執行、及びその執行人に関する歴史・議論についてこれまで取り上げてきたのだが、その中でも全くと言ってもいいほど取り上げられなかったものがあるという。その中でも本書は死刑執行人の声を取り上げている。
死刑執行人にフォーカスを当てた日本史は斬新であるが、その歴史を見ても時代背景が色濃く映っていることがよくわかる。同時に死生観もあれば、法制度の変化にも触れることができるため、死刑執行人から見ても、様々な歴史を知ることができる。

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