勲章 知られざる素顔

勲章というと毎年4月・11月に発表され、メディアでも取り上げられる。内容としては「●●小受章」や「△△大綬章」というような形がある。今となってはこの名であったが、かつては「勲一等◆◆章」といった形だった。そもそも勲章はどのような歴史をたどっていったのか、そして現状はどうなのか、そのことについて取り上げている。

第1章「勲章誕生―薩摩藩の野心、幕府の焦燥」
元々日本に勲章という概念が生まれたのは明治維新が起こる前、江戸幕府の奉行が万国博覧会(パリ万博)に参加したことから始まった。その情報は薩摩藩に流れ、薩摩藩にて「薩摩琉球国勲章」なるものが生まれ贈呈していったことが始まる。

第2章「整えられる栄典制度―「大日本帝国」の下で」
明治維新が起こり、「大日本帝国」となり、近代的な国家体制が築いたのと同時に、勲章制度も整備されるようになった。しかし勲章制度自体は大日本帝国ができた以前から新政府によって「勲章従軍記章制定ノ件」が交付された。1875年のことである。この交付されたものが現在ある「旭日章」の原型である。

第3章「生存者叙勲の停止と復活―戦後の転機(1)」
生存者叙勲は今も行われているのだが、停止された時期があったという。その時期は大東亜戦争後の1946年の幣原喜重郎内閣による閣議決定だった。この時戦争の名残を払しょくする狙いがあったのだが、あくまで「一時停止」だったので、後に復活する可能性はあったのだが、野党の強い反対に伴い、復活したのは1964年までかかった。

第4章「相次ぐ批判、そして改革―戦後の転機(2)」
復活前後も野党をはじめ、戦争反対する論者、いわゆる革新勢力の強い反対・批判が存在した。もちろん右傾化というような部分もあるのだが、それはごくわずかで、最初にも述べた勲章の名前はかつて「勲一等◆◆章」といった等級形式で叙勲が行われた。この等級に関する差別による批判もあったという。

第5章「誰に、どの勲章を?―選考の過程」
叙勲は春と秋に叙勲する制度もあれば、逝去に際し叙勲となる「死亡叙勲」、そして外国人に対して叙勲を行う「外国人叙勲」などがある。また叙勲を行うにしても選考の基準が存在しており、その基準が新たに制定されたのは2003年のことである。政治家や実業家などが対象であるが、その叙勲を受けるにも「不適格」となるような方々が存在するという。その基準を取り上げているのが本章である。

第6章「国家との向き合い方―受勲者・拒否者たち」
勲章を受勲している方もいれば、受勲の資格を持ったにもかかわらず、それを拒否した方も存在する。もっと言うと叙勲を受けたが後に返上した方もいる。最後に該当する方として大蔵大臣の職を担い勲一等瑞宝章の叙勲を受け、A級戦犯で起訴され、敗戦の責任から返上した賀屋興宣がいる。拒否した人物として石橋正嗣や市川房枝などがいる。

第7章「売買される勲章―製造と現場と市場」
そもそも勲章を受ける際に叙勲を与える際の褒章・賜杯をつくるのにいくらかかるのか、本章ではそれらも含めた叙勲を行う際の費用そしてその費用の出処について取り上げている。

勲章制度がない国は皆無に等しいくらいないくらい、世界各国には存在する。日本もその例外に漏れないのだが、日本では勲章制度に関する批判は今もなお残っている。その勲章の形成された歴史、そしてそれが一時停止になった歴史、さらに叙勲者・叙勲辞退者から見る国家観・勲章観が見えてくる。本書はそれを示している一冊である。