忘れられた哲学者 – 土田杏村と文化への問い

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日本の哲学者と言っても様々いるのだが、有名どころだと「哲学」の日本語の生みの親である西周や西田幾多郎、政治哲学ではあるものの丸山眞男がいる。しかし本書で取り上げられる土田杏村(つちだきょうそん)はどのような哲学者なのか、そしてどのようなものを遺したのか、そのことを取り上げている。

第一章「1920年代の思想と文化概念」
元々土田杏村に関する文献はそれほど残されていなかった。そのことから「忘れられた」と本書のタイトルに記載されている。しかし最近になって土田杏村の著作が次々と発見されていき、土田杏村の遺したものが見えてき始めた。土田自身の哲学はもちろんのこと、文明論争の記録などがあったのだという。

第二章「土田杏村が残したもの」
そもそも土田杏村はどのような思想が存在したのか、本章では「全集」をもとにして取り上げているのだが、他にも様々な文化人が土田の哲学をどのように批評していったのか、そして他の哲学者と比べて異なる点はどこにあるのかにも言及している。

第三章「『象徴の哲学』を読み解く」
土田杏村の哲学の一つとして「象徴の哲学」があるのだが、実をいうとこれは第二章にて取り上げた「全集」の中には収録されていない。なぜ収録されていないのか、その理由と「象徴の哲学」の中身について暴いている。

第四章「文化への問い」
土田杏村は哲学のみならず文明批評、さらには論争などを多く行った。その足跡の中にどのような「問い」を投げかけたのか、本章ではそのことを取り上げている。

第五章「地位のプラグマティズムから文明批評へ」
土田杏村は様々な思想と闘っていたのだが、他にも歴史にさらされた哲学者としての存在もあった。その存在はどのようなものだったのかを取り上げている。

土田杏村はこれからさらに語られていくのかもしれない。しかしながら彼の哲学にはどこにあるのか、本書ではすべては理解できない。あくまで「さわり」だけとも言える。その残りを補填するにはどうしたら良いか、それは土田杏村の遺したものを一つ一つ見ていくほかない。

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