科学者と戦争

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本書のタイトルにある関係は切っても切れない。日本人として心苦しい話となるのだが、広島・長崎に落とされた原爆はアインシュタインをはじめとした多くの物理学者・化学者を集めて作られたともいわれている。ちなみにアインシュタインは広島の原爆投下に衝撃を受け、原爆開発の一翼を担ったことを悔いていた。

科学者と戦争は切っても切れない関係にあるのだが、なぜ切っても切れないのか、その史実と根拠を解き明かしている。

第1章「科学者はなぜ軍事研究に従うのか」
戦争における軍事兵器の研究にかかわった科学者は数知れない。もっともそれは海外に限った話ではなく、日本でも同様のことが言える。その科学者たちはどのようにして研究に勤しみ、戦争の一翼を担っていったのかを取り上げている。

第2章「科学者の戦争放棄のその後」
その軍事的な研究で衝撃を受け、平和利用と言う名の「戦争放棄」を行った科学者も少なくない。本書の冒頭で取り上げたアインシュタインもその一人である。戦争放棄をきっかけに科学的な観点から平和利用を行ってきたのかを取り上げているのと同時に、日本における戦争放棄後の科学研究と防衛の変化を取り上げている。

第3章「デュアルルース問題を考える」
「デュアルルース」は簡単に二面性のことを言っているのだが、本章ではもう少し深化して、科学における研究が軍事転用する可能性のことを示唆している。その軍事転用を防ぐためにはどうしたら良いのか、その現状についても取り上げている。

第4章「軍事化した科学の末路」
軍事化した科学、そして科学者はどのような道を歩んでいっているのか、少なくとも科学者は叩かれたり、迫害されたりするケースも少なくない。しかし戦争をきっかけに発明されたものもある。それはゆるぎない事実なのだが、大前提として挙げるべきが、だからと言って戦争を肯定する材料とは言えないためである。

本書の結びとしてこれだけは言っておく必要がある。本書を読んだからと言って、決して科学者を「死の商人」と呼ぶことはまずできない。軍事研究は科学者の側面であるだけで、平和的な利用も多く存在するからである。それは著者もわかっていることかもしれないが、著者自身は日本の軍事研究が高まっていることを懸念して書かれているという。最もそれは日本に限った話ではない、軍のある国ではごく当たり前にあるのだから。

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