天下人の父・織田信秀――信長は何を学び、受け継いだのか

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戦国時代を代表する人物の一人として織田信長がいるのだが、その信長の父に「織田信秀」がいるのだが歴史上の人物ではあまり明るみに出てこないのだが、織田信長を語る上で最も重要な人物の一人である。なぜ重要な人物なのか、そして信秀は信長に対し、どのようにして伝えていったのか、そのことを取り上げている。

第一章「織田信秀の台頭」
元々織田氏は尾張国(現在の愛知県)に属しており、そこで長年にかけて国力を高めていった。その中でも信秀は尾張国を拡大するためにどのような事を行ってきたのかを取り上げている。

第二章「信秀の合戦と政策」
信秀もまた尾張国の拡大に向けて動き出してきた。その中で東方進出を基軸に行われてきたのだが、その中には斎藤氏・松平氏・水野氏がいた。

第三章「父信秀のもとの信長」
信長が誕生し、病臥するまでの間、信長と信秀の関係はどのようになって言ったのか、その中には隣国であった今川氏との和睦交渉が行われていた。また確執もあったのだが、その本質と共に取り上げている。

第四章「信秀の後継をめぐる争い」
信秀が逝去したのだが、そもそも天文21年(1522年)3月3日と言われているのだが、諸説あるため、未だに明らかにされていない。しかし逝去と共に起こるのが「後継者争い」であるのだが、その争いの幅も広かった。何せ信秀の子供は全部で22人もおり、そのうち息子が信長を含め12人もいた。多くの後継者候補がいた中で信長はなぜ後継者となったのかを分析している。

第五章「信長が受け継いだもの」
信長は「うつけ」と呼ばれるほど型破りの存在であり、既成の概念が通用しない人物としても挙げられる一方で父・信秀から受け継いだのか、そのことを取り上げている。

織田信秀の経歴を見ると信長の受け継いだものの一部がよく分かると共に、なぜ信長が誕生したのかもよく分かる。本書はその返信を教えてくれる。

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