怨霊とは何か – 菅原道真・平将門・崇徳院

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怨霊というとなんともおどろおどろしいようであるのだが、怨霊の中には歴史的にも有名な人物も存在しているという。その存在している人物の中にはどのような人物がいたのだろうか、そして人びとにどのような悪影響を及ぼしたのか、そのことを取り上げている。

第一章「霊魂とは何か」
「霊魂」と言うと様々なものがあるのだが、もっとも根本的なものとして魂と霊のありか、さらには霊魂は日本社会・文化において何を成してきたのかを取り上げている。

第二章「怨霊の誕生」
怨霊がなぜ生まれたのか、あらましとして「今昔物語集」の中にて生まれた。そこには「地縛霊」や「生霊」のような存在があった。また国家的なものとしても怨霊の存在がある。

第三章「善神へ転化した菅原道真」
今となっては学業の神として役立つことがあるのだが、かつては怨霊として疎まれる存在であったという。もっとも怨霊と言われたのは「清涼殿落雷の事件」のことであるのだが、その怨霊としての祟りによって「善神」として信仰されることになった。

第四章「関東で猛威をふるう平将門」
平将門は平安時代に活躍した豪族であったのだが、天皇に対抗して「新皇(しんのう)」と自称するようになったこと、さらには即位してからわずか2ヶ月で討伐されたことから怨霊として挙げられるようになった。

第五章「日本史上最大の怨霊・崇徳院」
平安時代末期に即位していた崇徳天皇であるのだが、保元の乱によって讃岐国(現在の香川県)に下り、そのまま崩御したのだが、そのことが歴代天皇の中でも「罪人」として扱われ、なおかつ怨霊として扱われることになった。そのことが平安時代終焉の引き金にもなった。また江戸時代にも崇徳院の祟りが見られたという。

第六章「怨霊から霊魂文化へ」
怨霊が霊魂文化へと変化したことによって様々な伝説ができた。その伝説が怨霊が神格化されるまでに至った。

怨霊というとオカルトチックなイメージが持たれるのだが、「日本霊異記」といった伝承も数多くある。しかしながらなぜ怨霊は伝説や伝承として伝わっていったのもある。怨霊はおどろおどろしいものがあるのだが、文学や伝承を見ていくとわりと奥が深い。

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