詭弁論理学

論理学というと、ビジネスにおけるロジカルシンキングやトークなどの基礎となる論理のことを表しているのだが、そのメカニズムは哲学をはじめ様々な分野で扱われているのだが、そもそもその論理は「詭弁」でも使われることがある。しかもその「詭弁」は論理を行っていく上である種の「あそび」としても取り上げられているのだという。その要因と方法などを論じているのが本書である。

Ⅰ.「議論の種々相」
議論にしても「ディベート」や「ディスカッション」のようにキチンとした場での議論のイメージを持たれるのだが、世間話の中でも「議論」と呼ばれるようなことがある。その議論の中には様々な「論理」があるのだが、論理構造はなぜ、どのようにしてつくられるのか、そのことを論じている。

Ⅱ.「強弁術」
無理のある主張を押し通すようなことを「強弁(きょうべん)」と言うのだが、論理的と相反する部分が多く、メチャクチャな主張でも無理矢理に押し通す部分があるためである。そもそもなぜ「強弁術」が生まれ、育っていったのか、その歴史を辿っている。

Ⅲ.「詭弁術」
「詭弁」は論理のパズルをうまい具合に改変していきながら、筋の通った議論にするのだという。そのロジックに騙されないこともまた「論理」であるのだが、「詭弁」もまた「論理」を知り、実践することで生まれていった。もちろん議論をする中で「論点のすり替え」もあるのだが、そのすり替えもまた「論理」の一つである。

Ⅳ.「論理のあそび」
そもそも「詭弁」もまた論理であり、その論理は堅物のような印象でありながらも、ある意味「パズル」のように組み合わせていくことによって色々な模様に変わる。その模様が「詭弁」だったり、「強弁」と呼ばれたりするようなものができるようになった。

「論理」は実に面白い。単純に組みたれておけば良いのではなく、組み立て方によって論理は色々と変化をする、その変化はどうなっていくのか、それは自らの論理を組み立てていくことによって成り立つ。その組み立て方の教科書の一つが本書と言えるのかも知れない。

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