検証・長崎市長射殺事件―断て!暴力

昨年の話になるが、2007年4月27日に長崎市長選に立候補していた伊藤一長市長(当時)が暴力団幹部に銃で撃たれ殺される事件があった。ちなみに長崎市長が狙撃された事件は過去にもあり1990年1月には本島等市長(当時)が右翼団体幹部に狙撃され、重傷を負った事件があった。長崎というと広島とともに原爆の被害にあった都市の1つである。

ではなぜこのような都市が、射殺事件に遭わなければならなかったのだろうか。原因は市役所が私と折り合ってくれなかったことが原因だったという。以前に物損事故で死と何度も交渉をしたのだが、市は「不当要求」と判断し、これ以降一切対応しなかったという。ちなみに2000年の事件も話し合いに応じなかったことが原因だったと本島元市長は語っていた。両事件から共通して未然に防げた点は「話し合いの場を持つべきだった」という考えに行き着く。しかし「バカの壁」のように「話せばわかるというのは大ウソ」という考えからするともっと何か別の方法で回避できたのではとも考えられる。

以前にも右翼団体が政治家宅に火事を起こしたり、器物損壊を行ったりする事件が何度かあった。暴力による威嚇というのは、右翼特有という考えはまず間違っている。左翼だって昭和40年代、まだ60年安保が冷めやまぬころに愛知の殉国七士廟が爆破される事件があった。このときの犯人が左翼過激派のであったという。このことから考えると暴力的に物事を推し進めるのは右翼も左翼も同じであると考える。しかし暴力によって政治を威嚇する、国民を威嚇するということは右翼でも左翼でもない。中国共産党の「政治は銃口から生まれる」と同じ原理ではないのだろうか。暴力を解決することは上記の「バカの壁」があろうとも、まずは話し合いの場を持たせること、そしてメディアもそのような人たちに発言できる場を設けることから暴力をなくす第一歩であると私は思う。抑圧させるばかりでは当然暴力を抑えられるという考えは捨てたほうがいい。帰って増幅させるだけであるから。