壁をブチ破る最強の言葉

私はいまはほとんどやらないが、大学4年あたりまではどっぷりと麻雀にのめり込んでいった時がある。私はマージャン歴は結構あり、小学5年生の時からだが、その時から麻雀に関する本に読みふけっていたということを今も思い出す。プロ雀士では小島武夫を憧れとしていたし、「雀聖」阿佐田哲也や20年間無敗であった「雀鬼」桜井章一に関する漫画も読んだことがある。

本書はこの中でも独特の人生訓を持つ「雀鬼」桜井章一の人生・仕事・社会の3つに分けて計70個の言葉に凝縮させている。ここではいくつか取り上げてみる

第1章「人生の超常識」

「ひとつのことだけにとらわれて固執すると、どんどん弱くなる」(p.24より)

総合格闘技の世界ではなぜ日本人選手が活躍できないのかを引き合いに出している。幅広い知識や支店を持つことによって対応が柔軟になる。適応能力もそれだけ広がるという。

「ただ生きている人は死んでいる」(p.30より)

ソクラテスは「ただ生きるのではなく、善く生きること」という名言を残している。「善く」はともかくとして、何か目的を見出しそこに向かって努力していかなければ抜け殻であり、死んだも同然であるのは共感できる。

「人を尊敬するとき、無条件の尊敬は間違いの出発点になる」(p.36より)

人は誰しも「尊敬する人物」はいるだろう。しかしそれも尊敬の仕方によっては間違いになってしまうという。但し良仕方はどの点が尊敬できてどこの点が尊敬できない・気に食わないというのが変え備えていれば教師にもなり反面教師になる。

「「ハングリー精神を持て」というが、今の日本では持てなくてあたりまえである」(p.44より)

日本はいま「モノ」で溢れ返っている。パソコンやインターネットができるようになってからはなおさらである。そんな日本でも「ハングリー精神」が大企業や急成長の企業にはあるが、それは会社をどこまでも大きくしたいという「邪念」にほかならないと桜井氏は断じている。

第2章「仕事の超常識」

「「勘に頼るな」というが、「知識」より「勘」のほうがあてになる」(p.52より)
「「目」より、「耳」のほうがよく見える」(p.63より)
「人間は進化していない」(p.136より)

まずこの3つの言葉を言いかえると野生の動物には野生なりの「勘」がある。目がない・もしくは見えない動物でも「耳」や「触覚」といった器官が優れており、そこで周りの状況を感じ取り、察知することができる。人間にもそういう力は秘めている。人間は人間である以前に動物から進化しているのだから。しかしものの豊かさというのは、簡単に満足を得られると同時にあらゆるものを破壊する。アイデンティティなどの思想や心、そして前述のような野生の「勘」を失ってしまっている。しかしそんな人間でもそういった「感覚」が残っているのではないのかと桜井氏は言いたいのだろう。今やビジネスの場ではほぼ常識のように「論理」に覆われている。確かに「論理」は大事なことであるが、世の中すべて「論理」がすべて正しいのかというとそうではない。政治の世界がいい例だろう。合理的「論理的」に解決できる案や物事ができたとしてもうまくいったためしがなかったのだから。そう考えると「論理」というのは大事ではあるが、「勘」や「感覚」で決断してみるというのもまた重要だろう。

第3章「社会の超常識」

「自由の国・アメリカは、今や魂の不自由な国になった」(p.158より)

アメリカではイラク戦争以後「監視社会」になっているほどである。例えば空港でも日本人など人種が違う人であれば大概の確率で呼ばれ、屈辱と言われるほどの綿密な検査を受ける羽目になるという(ただし私の知っている限りではイラク戦争による泥沼化の当時を言っているので、今のところは私にもわからない)。自由の国とはいえど、教育や経済の格差というのは日本と比べ物にならない。しかしその「不自由」さというのは日本と似ているところがある。

「長寿は、それだけで素晴らしいことだろうか?」(p.160より)

共感できるものが多いが、この言葉ほど共感できたものはない。今や日本は「高齢社会」と言われ、長寿でいることがまるで「幸運」や「当たり前」になっているような形である。しかし「暴走老人」もいると考えると果たして「幸運」なのか?「当たり前」でいいのか?と思いたくなる。長寿がいいとするならば、抜け殻のような人生を長々とやって人は幸せになるのだろうか、自分も幸せになるのだろうか。本当に社会にとっていいことなのだろうか。私はそう思わない。むしろ寿命は長くても短くても構わないから自らの死を考え、そこに行き着くことこそ最大の幸せであると思う。その考えというのは「殉職」である。一生懸命働くがその半ばで死ぬ。自分の人生を楽しく歩んでリタイアもせずに現役を貫いて死ぬことが私の「死」の考えである。忙しく働いているが突然発作を起こして死ぬ。もしくは「過労」で死ぬというのも私にとっては幸せな死に方である(ただそれをやったら「会社」が許してくれない、迷惑がかかるので今のところ、それだけは避けるようにする)。なので「殉職」という考えを持つ(「遺書」にも書こうかなと思ったりもする)。

本書の冒頭にも書かれているとおり、私のような若い人たちがぜひ読んで頂きたい1冊である。全部で70の言葉があるが、その言葉を一つ一つ読み解いていくと、どれだけ社会が矛盾をつくりだしているのか、あるいはどれだけ理不尽をつくりだしているのかがわかる。そこから脱却し、常識を捨て、自分が生きる道を見出すこともまた人生であろう。