記憶と情動の脳科学

記憶というのは動物に備わっている力の一つであるが、それは一体どのようにして覚え、忘れると言った取捨選択ができるのかというのは脳科学の分野でもまだまだ解明されていないところが多く、まだまだ不思議と言われるところがある。本書は脳科学の分野から「忘れにくい記憶」のつくられ方について解き明かしている。

第1章「記憶の神秘」
本書を書いた理由、もとい著者(L.J. マッガウ)が記憶の分野を研究しようとした動機について書かれている。著者自身は演劇や音楽を通じていろいろな思い出を残したという。
私も記憶に関して不思議におもうのが音楽に関してである。私は小学校5年生に器楽隊に入ったころから、中学・高校と吹奏楽部、大学では室内管弦楽団とまる12年間音楽に携わり続けた。今でも演奏した曲、どのように演奏したかというのは覚えている。さらに言うと吹奏楽部・室内管弦楽団に所属していた時は真っ先に楽譜を覚えた。担当楽器が低音(吹奏楽時代はチューバ、管弦楽団ではコントラバスを担当していた)だったからというのはご愛敬であるが一度合奏してどう演奏するのかというのをフィーリングで覚えていた。
例えばテストでは文字をひたすら反復して覚える人もいれば前述のようにフィーリングで覚える人もいる。記憶は本当に不思議なものである。

第2章「習慣と記憶」
記憶定着の方法の一つとして「習慣化」というものがある。つまり「無意識」に記憶に植え付けられごく当たり前のことのように動いたり覚えていたりしていることをいう。これについては「パブロフの犬」について取り上げられている。「パブロフの犬」は反射に関する研究ではあるが、後天的に反射をするという観点からここで扱われている。

第3章「短期記憶と長期記憶」
両者の記憶についてを述べているのではなく、健忘症についてや「記憶の固定化」という所についての考察である。短期記憶と長期記憶は前述の事柄については切っても切れないものと言いたいところだが、章題なだけに内容があまりにかけ離れてしまい残念でならなかった。

第4章「記憶を長持ちさせる」
記憶力をよくさせたいというのは誰にもある願望である。しかしこの記憶力を絶対に高めさせるものというのは、おそらくないだろう。最近ではGABAや記憶法というのがあるがこれは個人差があり効果がある人もいれば、全く効果のない人もいる。しかも記憶をよくするというのはいいことばかりのように思えるが、そうではない。忘れ去りたい記憶が忘れられずそのまま引きずってしまうという悲しい人生を歩んでいる人もいる。
記憶は長持ちさせる方法については本章でもイロハはあるが、こればかりは記憶を長持ちさせるデメリットについて述べずにはいられなかった。

第5章「忘れにくい瞬間」
記憶というのはなかなか面白いものでインパクトの強いものはなかなか忘れない。それが強烈であれば強烈であるほど、である。そして忘れにくいものとしては「情動」というのがある。「情動」というのは、
「感情のうち、急速にひき起こされ、その過程が一時的で急激なもの。怒り・恐れ・喜び・悲しみといった意識状態と同時に、顔色が変わる、呼吸や脈搏(みやくはく)が変化する、などの生理的な変化が伴う。情緒。(goo辞書より)」
感情的ではあるがそれよりも、もっと強い感情でもって引き起こした表情や行動と言ったものは記憶に長くとどめられるという。例えば絶対に許せないいじめにあったりする人はその記憶をいつまでたっても引きずっているのがその例であろう。

第6章「歪曲されるがなくならない記憶」
「記憶はウソをつく!」という本があるが、歪曲されて記憶されることは少なくないという。記憶というのは残るものではあるが、必ず正確なものとは言えない。それは個人的な願望や感情、創造性というのが移入されているからである。こういったことはよくあることだが、ではこれをいかにして歪曲を少なくするのかという研究は困難を極めるだろう。しかしこういうことだから「人間」と言え、何でもかんでも正確に記憶できると考えるとそれはコンピュータやロボットになってしまう。人間だからでこそ有している力としてポジティブに考えればいいのかもしれない。

第7章「メモラビリア――まとめ」
「メモラビリア」とは、「記憶する価値のある事柄」という英単語である。「記憶する価値」のあるものは記憶することができるが、それ自体は意識的に記憶できるのかというとそうではない。「記憶する価値のない」ものでもずっと記憶に残っていることはたくさんある。「記憶」は自分の都合よくいくこともあれば、いかないこともあるが、むしろ後者の方が多い。
これを完璧に証明できることはできそうだが、例えできたとしても何十年後という遠い未来となるだろう。証明するだけでもどのようなパターンがあるのかというのは十人十色の如く複雑なものである。「記憶」は様々な分野で解き明かそうとしているが、解き明かした分だけそこには新発見がたくさんある。「脳科学」は実りが多く、それでいて飽きのない学問と言えよう。