クルーグマンの視座―『ハーバード・ビジネス・レビュー』論考集

本書は2008年にノーベル経済学賞を受賞したポール・グルーグマンが今から14〜6年前にハーバード・ビジネス・レビューに寄稿した論文とインタビューをまとめたものである。ちょうどその時は民主党政権であり、ビル・クリントンが大統領であったときである。ちょうど日本では「失われた10年」の真っ只中であり、鎮静化されているものの「ジャパン・バッシング」の火種がくすぶっていた時代でもあった。グルーグマンは「失われた10年」の中で続いたデフレを脱却策が後手になってしまったことについて、痛烈に批判をしたものの、その約10年後にアメリカでもサブプライムローンから端を発した不況により、FRBや政府の対応が後手に回ったことに関して、同じようなことになってしまったと自虐したことでも知られている。
民主党寄りの経済スタンスでありながら、一昨年の大統領選民主党候補指名に関しての論争もあってか要職には選ばれなかった。

14〜16年前に寄稿された論文であるため、いささか古い表現もあるように思えるのだが、本質自体は現在起こっている状況とほぼ合致していることを考えるとグルーグマンの経済予測は正確であるということを証明することができる。

第1章「アメリカ経済に奇跡は起こらない」
アメリカはサブプライム問題で揉めているなか、まるで青天の霹靂のように2008年9月にリーマン・ショックが起こった。世界的に経済は衰退を見せるなか、渦中となったアメリカでは経済大国が揺らいでいるというニュースやコラムが乱発した。それが続いているとき、2009年1月20日にバラク・オバマが大統領に就任した。しかしそのオバマ政権でも経済対策を講じても一向に経済回復ができていない。
本章の話に戻る。本章ではニュー・エコノミー論に疑問を呈するところから始まっている。簡単に解説をすると「ニュー・エコノミー論」は90年代後半から2000年代の初めにかけて叫ばれた理論であり、ITバブルにより主に物流やお金における在庫調整による(景気)循環が消滅されるのではないかという考えである。しかし2000年代に入りITバブルは崩壊し、さらに循環も続いているためこの理論は間違いであることは確証された。
他にもニュー・パラダイム論の疑問についても書かれている。

第2章「国の経済は企業とどう違うか」
よく「経済」はどこが動かしているのかという議論になる。国家が動かしているのか、企業が動かしているのか。経済はお金など価値のあるモノ(サービス)を流通させることからきており、それをコントロールするのが政府かというと、政府でもコントロールできないところがある。企業も利益を上げたりすることによって経済の潤滑油になっていることから、両方経済をコントロールしているといってもいいかもしれない。
本書ではまず経済学者とビジネス実務家の違いについて考察を行っている。机上で経済の理論を生み出す人と実際に経済の動かす人の違いなのだろうか。

第3章「第三世界以上の成長は第一世界の脅威となるか」
第三世界というのは現在経済成長の著しい中国やインドなどの発展途上国が挙げられる。これに対して、第一世界はアメリカや西欧、日本などの先進国が挙げられる。本書には紹介されていないが「第二世界」についても言及すると、今は無きソ連など共産主義国家を主軸とする国々を表している。現在では第一世界と第三世界が経済の駆け引きを行っているといっても過言ではない。
冒頭にも書いたのだが、「リーマン・ショック」以後にアメリカの経済の落ち込みは著しく、「経済大国」という立場が揺らぎ始めていた。それと同時に中国が着々と経済成長をしており、「眠れる獅子」が目覚める格好となってしまった。これは本書の最後にある「中国脅威論」とも重なるのだが、著者に言わせれば、それはとり越し苦労、もしくは驚異の範囲にもならないとしている。

グルーグマンの経済に対する眼は10数年前に書かれた。それが10年以上の時を経て実証した形となっている。本書はそう言う一冊である。