すし屋の常識・非常識

本書を読んでいると最近寿司屋に行ったことないなとしみじみ思ってしまう。寿司や刺身が好きなのだが、最近ではそういったものを食べようと思うと億劫になってしまう(吝嗇の性なのだろうか)。

実際にすし屋に行ったことは数回しかなく、いずれも回転寿司店であり、本格的なすし屋に行ったことは一度もない。

したがって本書は自分のイメージと照らし合わせて見てみようと思う。

第一章「すし屋がたどって来た道」
日本の食文化の代表格として挙げられる「寿司」、本書では「江戸前寿司」のことを言っているのだが、江戸時代後期1820年代に誕生したと言われている(ただし諸説あり)。約180年と歴史は浅いとみてもいいのだが、その間に寿司の世界は様々な進化を遂げてきた。店の作法やスタイルも昔と今では完全に様変わりをしている。食べられるものも寿司ばかりではなく、お吸い物やみそ汁、さらにはプリンなどのデザートも用意されている。
そもそもすし屋の始まりは屋台であったというのは意外な話である。なぜならば生ものの魚を外で捌き、それを食すことになる。魚は足が速い(腐りやすい)ので衛生上良くないのではと考えたからである。ちなみにこれは第二章で鮪の話が出てくることで納得した。

第二章「すしだねの四季」
では納得した理由を言うと、寿司が誕生した当初、マグロは下魚と呼ばれており、現在のように高級なイメージとは程遠かった。当時のすしの食べ方にあった。江戸時代当時のすしは酢でしめることが一般的とされていた。外で食べると衛生的によろしくないというイメージがここで崩れる。当然の話であるが、冷蔵の技術がなかった時代の生ものの保存は酢でしめていた。その名残が現在の「酢飯」に生きていると思われる。マグロを酢でしめると身が白くなりぼろぼろとなってしまう。寿司のつくり方の進化ともにマグロは下魚から大衆魚になってきたのだが、現在では贅沢とされるトロが食べられ始めたのは戦後になってからの話である。
すし屋では四季折々の魚介類を食べられ、種類に合わせて季節感を口で嗜むことができるのだが、養殖技術や冷凍技術の発展により、それも薄れ始めている。

第三章「すし屋のプライドとお客のわがまま」
板前とお客というと板前の技術とお客の嗜好との対決のように思える。これはすし屋に対しても同じことが言えるのかもしれない。店はお客に最高の味を愉しむためにこだわりのネタを用意する。お客はお店のネタを期待してやってくるという構図である。
またすし屋ではかつて「炙り」は掟破りと言われていた時代があった。今となってはあたりまえにあるものでも、魚へのこだわりからきているという。そう考えるとわさびやしょうが、ねぎなどの薬味は必要なのかという考えにも似てくる。

第四章「すし屋は何処へ行く」
さて「すし屋」とは何なのかという根本的な論考に入る。寿司の文化を味わうため、魚と酢飯を愉しむため、すし屋の大将とお客とで寿司を愉しむ場…と色々考えると「寿司を食べる」だけが「すし屋」ではないことがわかる。しかしいつの頃からか「回転寿司」ができ、本来の「すし屋」のスタイルが大きく変化し、「レストラン」の一つに変化をしている。

日本のみならず、諸外国でも「寿司」の人気は高い。歴史とともに食に限らず様々な文化が進化するのは自然の道理である。しかし根幹となる歴史がどのようなものは見る必要があるのは私の中で重要なことである。本書は寿司屋の話であるが、世界的に印象が強いからでこそ、原点を知る必要があるのではないかというのをあらためて感じた一冊である。あと個人的にであるが、一度でいいのですし屋に足を運び寿司の味を嗜む必要性を実感した。