はじめて学ぶ生命倫理~「いのち」は誰が決めるのか

「命」あり方に関する考察は哲学や倫理学、宗教学など多くの角度から考察を行っている。本書はあくまで「倫理学」の立場から見た「命」を論じているが、「命」そのものの定義のみならず、「生」と「死」の定義や誰が決めるのか、についても論じられている。

第1章「いのちの「終わり」は誰が決めるのか」
「尊厳死」ということばが幅広い学問から議論がなされている。それだけはなく「安楽死」に関しても議論の対象となっているほどである。
本章では「死」の決定権について論じている。

第2章「子どもの医療は誰が決めるのか」
第1章で述べられた「いのち」の決定権の延長であるが、ここではもし「子ども」の場合はどうなるか、という議論である。「意思決定能力」が確立できていない「子ども」の医療はどうなるのか、本章ではイギリスで起こった2つの事件を取り上げている。

第3章「判断能力は誰が決めるのか」
今度は大人の場合の生死の判断を決めることができるのか。大人でも「成年被後見人」など判断能力が欠如している時はどうなるのだろうか。本章ではそれについて取り上げている。

第4章「いのちの質は誰が決めるのか」
週間少年ジャンプで連載していた「GTO」にでてくる神崎麗美を引き合いに出し、「いのちの質」について議論をしている。

第5章「双子の生死は誰が決めるのか」
ここでは「結合双生児」と呼ばれる奇形児の生死について論じている。「結合双生児」で有名なのはベトナム戦争の時に生まれた「ペトちゃん」「ドクちゃん」が有名である。

第6章「いのちの「優先順位」は誰が決めるのか」
「いのち」の優先順位というと、「トリアージ」という災害や重大自己において、最善の究明高価を得るために、治療の優先度を決定する方法がある。これは「JR福知山線脱線事故」や「秋葉原通り魔事件」で使われ、ニュースにて話題となった(特に前者はNHKスペシャルなどで取り上げられるほど)。本章ではそれについては論じられておらず、あくまで「種差別」による優先順位について論じている。

第7章「いのちの「始まり」は誰が決めるのか」
「いのち」にまつわる議論の中でもっとも多く対象となっているのが、「人工妊娠中絶」である。現在では国によって許されているところもあれば、未だに禁止しており、もし行えば刑事罰に処される国もある。本章でも「いのちの始まり」と「人工妊娠中絶」を両天秤にかけて議論を行っている。

「生命」に関する議論は様々な学問から議論されているものの、確信たる結論は未だにない。結論のでない「永遠の課題」という印象も捨てきれない。しかし倫理学的な観点から「生命」はどのように定義されているのかは本書にてよくわかる。

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